群馬県水上温泉旅館に家族旅行、イタリア人夫婦も宿泊。

家族旅行(妻の92歳の父親、82歳の母親、子供とその家族も)で群馬県水上温泉の和風ホテルに宿泊しました。数種類の源泉の温泉、広い和風庭園が売りです。子供がインターネットで見つけました。松乃湯という旅館です。200室以上あると思います。多くの家族連れで賑っていました。いくつかの気づき。従業員にアジア系の外国人が相当数いました。しっかりサービス業の従業員としてマナーが身についていました。経営者の教育が良いと思います。地元に大きな雇用を生んでいます。観光は立派な産業で、これから大都市でも地方都市でも基幹産業と位置付けるべきです。

旅館の客室はRC造で6階から10階建の棟が4棟が増築で廊下でつながっています。利根川の源流に面し美しい山並みの景色です。温泉は大きな断面の木造で、何かの機会に参考にしたいと思う木組みです。美しい日本庭園を見ながら温泉につかるのは日本人の最高の贅沢。ふと、外国人カップルがいました。お尋ねするとイタリアのナポリから来訪とのこと。東京で2泊、水上で1泊、京都で4泊、大阪で2泊の予定だそうです。水上の温泉はインターネットで見つけたとのこと。インターネットの威力を思い知らされました。重いスーツケースを運びながらの日本旅行の様子でした。大いに日本を楽しんで下さいと会話。

帰りは旅館の送迎バスで上越新幹線の上毛高原駅まで送ってもらいました。朝のテレビニュースで、本日は新幹線、飛行機は帰省のユーターンラッシュで満席とのこと。東京まで立ち続けることを覚悟したら、午前の早い時間のせいか、車両はガラガラ。良い気分転換、家族との交流でした。

 

区長秘話79、原田敬美の政局?

港区長時代、自分で言うのもおこがましいですが、政策立案、遂行の仕事に真面目に取り組みました。日本初、東京初という政策もいくつか実施しました。それぞれの政党の立場、議員の立場から様々な意見はありましたが、大きな批判、政局はありませんでした。その中で変わった指摘(政局)がありました。実にバカバカしいむなしい内容でした。

一つ目は原稿執筆についての批判。保守系政党のK氏(後年都議に転出)と独立系会派のK氏。私は22歳で原稿を書き始め、30代から40代で毎日新聞の論説2本、讀賣新聞の論説1本、朝日新聞の論説2本書きました。39歳の時、朝日新聞の部長から依頼され経済欄コラムを2年間執筆しました。学会の審査付き学術論文も区長就任前に3本書きました。(大学研究者でありませんのでかなりの件数と言えます)神戸市が発行している研究誌「都市政策」に30歳の時依頼され専門論文を寄稿しました。その他専門誌に依頼され多くの記事を書いてきました。

区長に就任してからも多くの方から執筆依頼がありました。議会で両氏は「原田区長は原稿ばかり書いている」と批判の発言。原稿執筆に慣れていること、書くべきネタを相当数持っていることからの依頼であり、政策を考えることに効果的であり、港区政をPRする良い機会です。また、私の得意技でもあります。両氏は嫉妬ヤッカミの類、原田の得意技を封じようとする狙いがあったのでしょう。保守政党のK氏は当時区長選に出馬しようとして、私が出馬することで出馬を断念させられました。私に恨みを抱いていました。独立系のK氏も区長選の際別候補を擁立、支援。恨み、つらみがあるのでしょう。保守系政党のK氏は都議に転出後、それこそ原稿を多く執筆する石原知事を批判したと聞きません。

もう一つは、公用車の降り方に対する政局的批判の発言でした。独立系のY氏はたまたま私が区役所前で車を降りる姿を見ていました。私は運転手に扉を開けてもらうようにしていました。車の扉を不用意に開け、後ろから走ってくる自転車がぶつかったりの恐れがあります。セキュリティ上の理由もあります。(ある時庁議室にある方が乱入した事件がありました)自分で頭を後方に振り向くと首の筋を痛める恐れがあります。Y氏の発言は「運転手に扉を開けさせるのは生意気だ。自分で扉を開けろ。」でした。私はマナー、言葉づかいは丁寧に努め、おそらく他の区市長と比較しても、高い評価を頂けると自負していました。このような批判の発言をいただき、この程度の議論を本会議でやることのむなしさを感じました。

さらに、公文書で「白金高輪駅」を『高輪白金駅」と誤記したことで上記の保守政党のK氏が「区長の不祥事」と議会本会議で発言しました。別の保守系政党議員は「不祥事というのは警察に逮捕されるような事件のことだから、言い過ぎ」と同情のささやきがありました。そもそも担当職員がワープロで文書作成、係長、課長、部長と決済が上がり、さらに事前にその文書で区議会に説明、その誤記をだれも気づきませんでした。そういう点で多くの方に責任があります。しかし、保守系政党のK氏の騒ぎを鎮めるため、区長の給与を1か月10%減俸処分を自ら課すということで問題処理、責任を果たしました。

 

山梨市長の職員採用試験の成績改ざん事件。

山梨市長が職員採用試験で成績改ざんをしたとして逮捕されました。公正であるべき公務員の採用試験のことですから残念なことです。数年前大分県で教員の採用試験で同様、不正があり、不合格者が合格となり、その分、本来合格点に達していた受験者が不合格になったという事件がありました。

感じたこと、まず、ハインリッヒの法則で、1件あるとその背後に30件の同種のことがあるということから他の30の市(市長)でも同様のことがあるのかな、と想像してしまいます。

また、公正であるべき公務員の採用試験で不正の構図を解明されるべきです。不正に協力したと思われる副市長や担当幹部の責任はどうなのでしょうか?本来、法律の制度からすれば公務員は不正を見つけたら告発しなければならない義務があります。それどころか上司の市長から不正を指示され不正をしたことの責任は重大です。出世欲にかられたのでしょう。副市長も担当部課長も辞職すべきでしょう。副市長、部課長の立場で、部下や後輩に偉そうに指導、お説教していたのでしょう。しかし、こうした事件でこの程度の人物ということが分りました。上司を信頼していた部下も可哀そうです。

さらに、今回逮捕したの組織は地元の山梨県警でなく東京、警視庁。これもよくわかりません。山梨県警だと地元ということで情報漏えいの恐れがあるのか、山梨市長が元山梨県議会議員だったことのしがらみを排除するためだったのか、分りませんが。20年くらい前でしたか(私が港区長に就任する前ですが)港区内の警察署で風俗犯罪の摘発で情報漏えい事件があり捜査官が逮捕されました)、所轄の警察署では情報漏えいの恐れがあるとのことで強制捜査を高尾警察署が実施しました。想像です。

終戦記念日特集番組、愚かな指導者は今でもいます。

8月15日の終戦記念日。今年もNHKの戦争に関する特別番組を見ました。インパール大作戦立案の愚かさと作戦を立案遂行させた指導者の愚かさを扱っていました。報道では陸軍大学で同期だった、あるいは、かつての職場(戦線)で先輩後輩だったという単純な理由で、後輩は先輩の花を持たせようと作戦の立案に賛同。客観的な判断でなくしがらみ優先(これはNHKのコメント)。一方、補給担当の参謀はこの作戦は補給の視点から不可能と助言。しかし、その意見を排除。補給担当参謀を左遷。

番組を見ていると今でも同じことがあるではないかと感じました。現在進行中の東芝の経営問題。歴代のトップがチャレンジと称し売上高をごまかし続けました。旧日本軍のまだ勝てる、まだ勝てる、勝っています、と嘘の報道。オリンパスの経理事件も同様。その前の日本航空の経営破綻。数日前報道があった東大理学部教授のデータごまかし事件。山梨市長の採用試験の成績改ざん事件。数年前の大分県教員採用試験での成績改ざん事件で逮捕された大分県教育長。「社長だ」「市長だ」「教育長だ」「東大教授だ」と威張っていた(?)かどうかはわかりませんが、少なくも部下に対し不正を強要したのですから威張り散らしていたのは事実でしょう。一方で、不正を正そうとせず不正に協力した幹部たちも大馬鹿です。出世欲、目先の欲にかられた哀れな人物です。「社長」「市長」「教育長」「教授」とぺこぺこした場愚かな部下の姿が目に浮かびます。また、彼らは保身に走り、責任の取り方が、幼稚園児よりひどいです。良くこのような連中が立派な組織をリードしてきたと驚きです。

たまたま頼まれ4年間港区長を務めましたが、同様の場面をトップの立場で見ました。私はトップの立場から不正行為を監視、是正に尽力しました。協力してくれる議員、幹部もいましたが、一方で私の行為を妨害する勢力もありました。

日本の組織は学校卒業後就職し60歳の定年まで同じ組織に勤務するのが一般的です。転職、中途採用はあまりありません。すると、解雇されたくない、左遷されたくない、先輩後輩のしがらみなどの理由で、質の悪い上司に直言する仕組みではありません。日本の組織の在り方も含め再検討する必要があります。

NHKツールドフランス報道、フランスの美しい村の景観、無電中。

8月15日朝、甲子園野球は雨天中止。NHKの高校野球中継は中止。臨時でフランスのツールドフランスの報道。100年の歴史の自転車の競技。200人程度の競技者がフランス中を駆け巡る過酷な競技です。国民的人気の競技です。キャスターが競技者が通る村村を先回り、訪問、競技者が通過するのを目撃、声援を送る内容です。

建築家として関心は自転車競技以上に村の景観です。まず、どの村も電柱がありません。美しい街並みが見えました。また、電柱がありませんので、道幅一杯に道路を活用できます。

また、行政、政治経験者としてはどのような制度、財源で無電中化を実現したのか知りたいです。次に、観戦者についてです。フランス国民はもとより多くの海外からの観戦者がいます。立派な観光イベントです。経済効果、交流の効果など計り知れません。日本でも小さな村も含め国中の地域を活用したイベントも検討したら面白いと思います。

異なる経歴、考え方の重要性。富山の某社長の見解。

富山県の某社長が「わが社の従業員の大多数が富山県民で、富山県人の採用をを止め他県出身者を積極的に採用したい」と報道で、「富山県人を差別するのか」という批判がありました。欧米の組織(大学、官庁、民間企業など)を知っているので、私には違和感がありませんでした。一例、ノーベル賞の発表で多くの受賞者は学士はA大学、修士はB大学、博士はC大学、研究所はD、その後E大学教授と言った経歴が新聞で報道されます。

アメリカの大学では教授の自校出身者の比率は20%以下。しがらみを排除し、研究の自由を保障するためです。私の留学先のライス大学の私の指導教官ピーター・ロウ氏はオーストラリア人、45歳でハーヴァード大学大学院長、私の修士号審査教授は南アフリカ出身、女性、後年カリフォルニア大学サンディエゴ校の大学院長、その後マサチューセッツ工科大学大学院長。1990年代のライス大学の建築大学院長はスウェーデン人、スウェーデンの大学卒業後、ハーヴァード大学大学院で学び、その後カリフォルニア大学バークレイ校教授、その後ライス大学大学院長に就任。

知人のアメリカ人女性。30代でホワイトハウス広報官。40代でフォード自動車広報部長、50代でボーイング社副社長。マスコミも同様。大学卒後A新聞に入社。60歳までA新聞。井の中の蛙になる恐れがあります。10数年前。ニューヨークタイムズ社長は女性、しかも前歴高校の校長先生。日本ではありえない人事です。欧米では普通です。

サンフランシスコ市の都市計画局長(元)。生まれはオハイオ州。オハイオ州のマイアミ大学卒、その後ハーヴァード大学大学院都市計画専攻、さらにペンシルバニア大学大学院地域計画専攻、ロンドン大学留学、帰国後ピッツバーグ地域計画協会主任研究員、フォード財団、ペンシルバニア大学教授、その後サンフランシスコ市役所都市計画局長。キャリアが豊富です。様々な発想が生まれると思います。

日本の大学教授は、東大卒、東大教授、早稲田卒早稲田大学教授という経歴がほとんどです。東京都庁、あるいは区役所。入庁後60歳まで同じ職場。上記の方々と比べ井の中の蛙と言ってもよいです。同じ価値観、同じ発想。同族意識。時には排他意識。

私はたまたま頼まれ港区長を務めました。元区長や職員と比べ私は経歴も価値観も全く異なります。すると違う世界が見えます。少なくも民間人の発想、意識、マナーをアッピールできたと思います。また、専門的知識を提供できたと思います。新しい施策を区長から指示すると一部幹部が「前例がありません」とコメント。バカバカしい限りでした。

異なる経歴、価値観の人材を積極的に活用したほうが(しがらみを排除し、岩盤のような組織を改革し)組織として活性化、発展すると思います。

 

兵庫県太子町で「港区の経営」の講演。隣のたつの市も含め素晴しい町。

8月上旬、兵庫県の知人の紹介で兵庫県太子町の経者を中心とする150名程度の方々に「港区の経営」について講演しました。財政再建、行革、新規施策など積極果敢に取り組んだ体験談、経営の参考となる話題を提供しました。多くの出席者と交流しました。太子町は姫路市の西隣。工場が立地し、財政的に自立している自治体と聞きました。斑鳩寺という古刹があります。1400年前聖徳太子が創建されたそうです。ユニークな建築があります。聖徳殿という六角形の3重の塔です。何度か再建され、最近では大正三年、棟梁伊藤平左衛門です。伊藤事務所の現社長は私の勉強仲間。ここにも伊藤平左衛門先生の作品があった、しかも不思議なフォルムの。先先代?の伊藤平左衛門先生の秀作に脱帽。山陽本線網干駅から車で5分。歴史とユニークな建築に、お参りと見学をお勧めします。後日スケッチを描くつもりです。町役場が最近完成、すばらしい建築です。空間構成、ディテール、材料の使い方など、勉強になります。もっとも、お会いした某町議会議員曰く、「40億円の工事費でこれから何十年も借金を返さないといけないから大変だ」と辛口コメント。

太子町の西隣はたつの市です。宿泊したのは梅玉旅館。(天然記念物かたしぼ竹で有名です)元家老屋敷だった敷地で、庭園が立派です。「寅さん」のロケに使われた旅館です。城跡を訪ねました。城主は脇坂家。どこかで聞いた名前と思ったら、忠臣蔵事件で浅野家(赤穂はさらに西隣)赤穂城の受け渡しを担当した大名です。引き渡しを反対する藩士が攻撃する恐れもあったでしょうから大変な任務だったと思います。城跡の御殿(私の知人はここで結婚式をしたそうです)、城主の庭園跡である聚遠亭、城下町を歩き、その佇まいを楽しみました。主要産業は薄口醤油、素麺、皮革の生産です。市内を流れる揖保川の水質故、独特の薄口醤油の生産にふさわしい立地です。当時の醤油工場が歴史記念建築として維持されています。また、地元の若手が空き店舗の活性化、有効活用などの活動をしています。面白い店舗がありました。相当年季は経っていますが、吹き抜け回廊付き、天井にトップライト。斬新なデザインに感銘。姫路駅からJRで22分。街歩きお勧めです。姫路城もよいですが。

姫路城はその美しさと規模に感銘。敷地規模は江戸城(皇居)とほぼ同じと思います。中国人観光客、白人の観光客を多く見ました。運命(不運)を感じました。持参したカメラのバッテリーが故障しました。せっかくの姫路城を前にし自分のカメラで撮影できませんでした。安藤忠雄さん設計の文学館を姫路城の前に見学しました。これもすばらしい空間構成です。子供たちや大人も図書を楽しんでいました。一つ都市計画上の問題点を見つけました。文学館周辺は2階建ての住宅地。住居系の指定と想像します。文学館の道路挟んで反対側に雰囲気の異なるホテルが立地。都市計画上許されないはずですが。いずれ姫路市の都市計画図を調べてみたいと思います。暑い日で下が素晴らしい町を見学しました。

区長秘話78、候補者報道、読売キャッチ、電話取材。

平成12年(2000年)4月後半、正式に(と言っても内輪ですが)候補者として出馬を承知しました。公式の記者会見まで数日ありました。公式発表の前、私の事務所に夜電話がありました。「讀賣新聞ですが、原田さんいますか?」(新聞の販売営業でありません)私は事情を悟り居留守を使い、スタッフのふりして「原田はおりません。要件を伺い伝えます」と返答。私はいかにして讀賣の記者が私が候補であることを知ったのか、だれがリークしたか考えました。翌日(確か土曜日だったと思いますが)また電話がありました。週末で私一人出勤でした。仕方なく原田であると名乗りました。記者「候補になったと聞いたが?」原田「何のことでしょうか。お話することありません。」と回答。記者「原田さんが与党の統一候補になったとのことですが?」翌日の読売新聞に「(個人名は特定せず)与党の統一候補で一級建築士が出馬」と記事が出ました。マスコミも厳しい報道合戦があるのだと悟った次第です。讀賣新聞の記者に脱帽。情報源がだれか?今でも考えております。

 

港区長秘話77、議員にも直言、筋を通したM氏

区長として幹部と付き合う中でM氏はイチャモン的な発言をする議員に正々堂々正論を直言。貴重な存在でした。理不尽な要求や主張をする議員がいると、管理職は面倒くさがり「先生のおっしゃること承知しました」などと返答、先生、先生とぺこぺこする管理職が多い中で、堂堂たる態度が必要です。私は氏の仕事ぶりに高い評価をしました。元区長の評価は低かったようです。議員にペコペコする管理職をかわいがる区長だったようです。

先進国首脳会議(サミット)での北朝鮮に対する議題

北朝鮮のミサイル発射実験の暴走が止まりません。過去のサミットで北朝鮮の核開発に対する議論がどうだったか。サミットは1976年スタートしました。環境政策についてサミットでどのような議論がされたか関心がありサミットの資料を調べている中で、北朝鮮の核開発問題について記述がありました。

外務省のホームページに掲載されている資料に基づくと、初めて北朝鮮の核開発問題が議題に登ったのは第20回1994年のイタリア、ナポリ会議です。日本は村山首相。「北朝鮮核兵器開発問題が重要な局面を迎えている中で国際的な協調体制のあり方、実効性を見極めた」、第21回1995年のカナダのハリファックス会議です。北朝鮮の核兵器問題と記載されています。その後23年経過し、現在の状況です。結果だけ見ると、サミットの議論の実効性に問題があったということです。