CNN、プーチン特集。世界最強の権力者、独裁者

3月25日午前10時頃、アメリカのCNNを見ていたらプーチン特集でした。世界最高の権力者、独裁者というスタンスの特集番組です。

番組の内容の一部です。プーチンが長年トップとしてロシアを支配してきたこと。所有する資産の想定額。豪華な別邸を20か所持っている、などなどでした。クリミヤの併合もやりました。モスクワ市内でプーチンが車列で移動する際は多くの市民が住み、行き交うはずのモスクワ市で人が見えなくなります。(警備上の理由で、道路に周囲に厳重な規制線を設置、テロなど恐れ市民を近づけさせないのでしょう。また、沿道の建築の窓はすべて閉じられ、市民が窓からプーチンに手を振ることを許さないのでしょう。さらに、暗殺された反プーチン派の人物のガールフレンドのインタビューで、別れ際の暗殺の状況について説明していました。監視カメラがいたるところにあるのに、暗殺の場面の画像がないという不思議の指摘。また、反プーチン派のプーチンに対する抗議デモに対する警察の弾圧。などなど。

感想です。日本のマスコミはアメリカの大統領や政治・社会問題を多く取り上げます。(私も体験しましたが、アメリカは当局が取材に協力的で、情報公開が進んでいますから、取材がしやすいということがあります。警察官も現場で気楽に事件の取材に応じます。政治家も、市長もどんどん喋り捲ります。どちらかというと、日本のマスコミはアメリカに批判的な報道が多いような気がします。日本のマスコミで、プーチンや中国の指導者、北朝鮮の指導者の実態を批判的に報道することはまずありません。アメリカ大統領の批判をしても暗殺される心配はありません。プーチン、中国、北朝鮮の指導者の批判記事を書くと、暗殺の恐れありと、特派員追放の恐れありと日本のマスコミは独裁者の国の批判報道を避けているのでしょう。たとえ話。暴力団事務所の前で「暴力団出て行け」と声を出しません。暴力団事務所から100メートル離れた暴力団事務所に声が届かないところで「暴力団出て行け」と叫ぶのと同じです。

感想2。CNNはトランプ大統領が「偽ニュース」と批判し、犬猿の仲ですから、トランプ大統領がCNNに対し、プーチン批判の番組を作れと指示していないでしょう。アメリカのマスコミは自由に報道することが根本にあります。

石原元都知事が週2回の出勤、ファーストクラスでの豪遊などマスコミは批判記事を書きませんでした。取り上げたのは共産党。一般紙は書きませんでした。一般紙は石原知事の権力、存在感に及び腰、負けていました。原田港区長なぞ、政治経験がありませんから、一部マスコミは、私に取材もせず一方の側の取材だけで原田批判を好き勝手にしていました。マスコミの狡さ、愚かさを体験しました。

おめでとう、でなく、お気の毒に。区長就任時の言葉

平成12年6月港区長に就任した際、多くの方から祝福のお言葉を頂戴しました。その中で、「お気の毒に」と言われたことがありました。区議会議員、自民党の長老の1人O氏です。

氏は議長経験者。いわゆる真面目タイプの方。当選後O氏が「お気の毒に」と声をかけてきました。長年の区議会議員経験者として一部区議の問題行動や区議会での問題となる運び方を目撃し、行政、政治経験のない原田さんが大丈夫か、お気の毒に、と素直な感情がそのまま私への発言として発せられたのでしょう。逆に、それほど区議会が長年問題だらけ(区議会の議事を勝手に牛耳る、官製談合、開発利権などがあったのでしょう)O氏は理路整然とお話になる方でした。地元のための課題についてよく取り上げていました。ただ、組織を束ねタイプではありませんでした。

 

リニア談合、公取告発。上尾市長逮捕事件。港区では。その3、法律違反の職員達。

港区長時代、赤坂特養建設で談合情報が多く寄せられ、建築のプロの区長として、様々調査をし、また、問題と思われる積算書のチェックを自らしました。本来は施設課職員の仕事です。施設課職員はチェックをしませんでした。私は一目見て、カタログの単価以上の価格が記載されていたり、問題だらけの積算書と喝破しました。友人にポケットマネーで報酬を支払い積算書をチェック協力してもらいました。私自身、自宅で夜、積算書をチェックしました。30億円の積算書(設計事務所でなく、談合で落札予定のゼネコンが作成した積算書と思います)を3億円減額させました。

問題1。施設課職員の情報漏えい、守秘義務違反。本来施設課職員の仕事ですが、やる気がないので、区長自ら積算書をチェックしました。すると、施設課職員から談合のまとめ役と噂されたベテラン議員にその情報が伝わっていました。情報漏えいで公務員法違反と思います。件のベテラン議員Y氏は「原田は区長室で区長の仕事をしないで積算書をチェックしている。」とあちこちで話していると伝わってきました。

問題2。不正を知ったら公務員は告発義務があります。それを怠った罪です。契約担当のU助役、政策経営部長、施設課長、契約課長などは(他の部門の幹部達も)談合という不正を知りながら何もアクションを起こしませんでした。法律違反です。

警察官の不祥事報道、残念。

3月24日「高井戸署地域課巡査24歳柳橋純が、業務用端末を使い遺失物の情報を得、落とし主になりすまし遺失物の届けがあった署を訪れ、現金を詐取した。」という報道でした。数日前は新宿署の女性巡査(23歳)が暴力団と不適切な交際をし、現金を100万円渡し、当該人の捜査情報を渡した」として懲戒免職になったと報道がありました。

何のために警察官になったのか?世間知らずなのか、上司先輩の指導が足りないのか。自分の年よりも20歳も30歳も年上の都民に対し、命令、お説教しているうち、自分が警視総監にでもなったかのごとく錯覚してしまい、前後が見えなくなったのでしょう。警察官は単に法律の執行者です。それを忘れたのでしょう。そうした警察官が多いのも事実です。私がいる麻布六本木地域でも町会や商店街の役員は「地域警察官の態度がでかい」と不満を述べる方がいます。署長は分っているのでしょうか?

高井戸署と言えば、昨年、万引き容疑で警察署に任意で連れてこられた中学生に対し取り調べの警察官が大声で「白状しろ、高校に入れなくするぞ」と怒鳴りまくっている録音テープがニュースで報道されました。それこそ、「お前こそ、警視庁にいれなくしてやるぞ」と言い返したい気持ちです。高井戸署のバカ警官は今頃どうしているのでしょうか。のうのうと仕事をどちらかの部門でしているのでしょう。

もっと悲劇は1978年北沢署で発生した地域課警察官の女子大生強姦致死事件です。遺族からすれば許せない事件でしょう。当時の警察官は今頃どちらかでのうのうと暮らしているのでしょう。当時の署長や警視総監等は責任取り切腹したと聞きません。本来切腹に値する行為です。

警察官の事件、不祥事のたびに幹部が「再発防止に取り組みます」と発言します。でも繰り返されます。多くの警察官は真面目に、使命を果たしていると思います。しかし、民間の社員の不正と異なり、権力の行使に伴う不正ですから絶対起こしてはなりません。そうした教育をもっとすべきでしょう。少数ながら、悪事を働きたくて警察官になる輩もいるのでしょう。えばりたくて警察官になる輩もいるのでしょう。

港区長時代、日本で初、危機管理担当、生活安全担当課長に警視庁から中堅幹部を派遣してもらいました。港区長に就任する前4年間警視庁で交通安全の研究会委員を務めました。多くの知人がいます。皆さん真面目に仕事をしています。少数の不心得者のせいで信頼が損なわれ、大変な社会的損失です。

リニア談合、公取、ゼネコン4社を告発。港区ではその2、新スポーツセンター。

3月23日、リニア談合で公取が大手ゼネコン4社を告発という報道。港区長時代いくつか耳にしました。区長自ら徹底的に正しました。数年前、田町に300億円の新スポーツセンターができました。総合評価方式ということで、建設会社が選定されました。金額だけで決める入札ではなく他の要素も総合的に評価する「総合評価方式」は良いと思います。しかし、評価項目が意図的だったり、特定の建設会社を有利にしたり、あるいは、不利にしたりすると問題です。

まず、300億円の高額な工事であるにもかかわらず、応募者が少数だったようです。私の

区長時代30億円の赤坂特養工事で16社の応募がありましたことを考えると不自然です。また、選考、評価の中に「港区内に立地する建設会社」という評価項目がありました。300億円という高額工事であることからすると本来は全国の大手企業に声をかけるのが望ましいです。小規模工事なら、地元業者の育成、配慮から、地元優先でしかるべきでしょう。300億円となると他市に本社地を構える企業でも問題ないはずです。「港区内に本社地がある会社」という評価項目となると極端に候補企業が絞られます。「総合評価方式」と称する公正な選考方法を取っていますよというパーフォーマンスで、結果的に、某企業に有利に働くよう意図的な方法ではと疑ってしまいます。

しかも、完成が予定より半年遅れました。お咎めもなかったようです。ほぼ同時期、町田市の文化施設で工期3か月遅れで建設会社が1年間指名停止処分を受けました。そうした事実とバランスを考えると、港区の対応は不自然です。当時の施設課の担当係長I氏に何度か電話で照会しましたが、しどろもどろでした。当時I氏は「仮に異動後でも、最後まで自分が責任持って担当、対応します。」と説明がありましたが、その後なしのつぶてです。

港区長秘書のミス。繰り返し。結構ストレスになりました。

平成12年6月に港区長就任しました。当時のS秘書係長に大変助けてもらいました。平成13年4月異動。新しい秘書係長Y氏が配置になりました。秘書係長選考で私がU助役に出した条件は「将来部長になる可能性のある人材を配置せよ」でした。残念ながらその意向は裏切られました。当時の政策経営部長、人事課長(現体武井区長)のミスと思います。Y氏はいわゆる一見公務員タイプ、真面目に仕事を進めるような雰囲気でした。しかし、週に1回ミスを続けました。ある時国政選挙で当選者に祝電を送る際、衆議院議員と書くべきところを参議院議員と書いて祝電を送りました。後で気が付き、謝罪文とともに再度祝電を送りなおしました。恥ずかしいかぎりでした。こうしたミスが続きました。何か、別の意図を感じました。

上尾前市長に有罪判決。何のため市長をしていたのか?

3月23日、上尾前市長に有罪判決、ゴミ処理施設汚職、さいたま地裁、と報道。官製談合防止法違反、受託収賄罪などに問われた島村穣前市長に対し、さいたま地裁は有罪判決。裁判長「継続的な癒着を背景に行われた…」と判決。

市長は市民のための仕事でなく、自ら(一緒に逮捕された議長も)の利権のために市長職を務めていたということです。残念です。職員が気の毒です。市民が気の毒です。市長の経歴など知りませんが、教養、政策立案能力で勝負というより、地位を悪用するタイプの人物だったのでしょう。この手の首長、構図は結構あると思います。教養を持ち、政策立案能力があり、倫理観の高い人物が首長を務める仕組みが必要です。民間企業の社長も同様ですが。

リニア談合、公取、ゼネコン4社を告発。港区では、その1

3月23日、リニア談合、公取、ゼネコン4社を告発と報道。またか!困ったゼネコン!と思いました。港区長時代のことです。赤坂特養の工事で談合情報が寄せられました。

まず最初。平成12年7月の区議会定例会で、共産党K氏の発言。「予定価格8000万円の設計業務が700万円で落札、契約。その額では業務として成り立たないので、裏にゼネコンがいるはずだ。区長は今後の推移を注視せよ。」区議会の公式の場での情報提供でした。翌年、私が談合情報を基に落札結果をしばらく保留したら共産党のK氏が契約案件を所管する総務委員会で「区長が談合情報を知ったのはいつか?」と質問したのに驚きました。当人が談合情報があるので気をつけろと発言した張本人です。

第2の情報。友人である高齢者施設の専門の建築家が「設計を担当しているはずの設計事務所U社を訪問。自分は高齢者施設の設計の専門家なので何か協力できることがあれば、と営業挨拶をしたら、U社担当者が、X建設に行ってくれ、と言われ他のに驚き、談合でX社が受注することを前提に設計協力をしている。」と情報提供がありました。

第3の情報。港区内の建設工事の下請け組織の責任者が区長室に入ってきて(長年、港区長選挙を応援してきたので、区長室にフリーパスだそうです)「区長、赤坂の件、X社で決まりでしょう」と言われ、驚くやら、あきれるやら。

第4の情報。港区政の事情通のK氏から詳細のことの経緯の説明がありました。その他にも。

公然と談合情報が区長に寄せられた以上、放置するわけにいきません。私の面子があります。また、私は公正に区長職を務め、区政を推進する立場だと明確にする必要があります。

積算書を自らチェックし、30億円の見積額を27億円に減額させました。施設課職員はチェック作業を全くやる気なしでした。これも驚かされました。既述。

16社指名されました。30億円の工事としては指名者数が多すぎます。談合を隠すためでしょう。数年前の港区スポーツセンターは300億ですが、わずか3者の指名でした。

私は徹底して調査し、公取にも上記の不自然さを報告しました。しばらくし、港区政の事情通K氏から連絡があり、K氏の事務所に来てほしいとのことでした。K氏は私を引っ張り出した元区長S氏からの紹介ですから、配慮しなければなりませんので、K氏の事務所を訪問しました。すると、件のX社の社長がいたのに驚きました。X社社長はただ頭を下げ、沈黙。K氏が「原田さんの厳しい追及に白旗を掲げます。参りました。談合を認めます。今後はしませんので今回の件お見逃しを」と通訳。

所謂「武士の情け」ということで日本を代表する大会社の社長が頭を下げているので、相手の気持ちを汲むことにしました。ところが、私の区長在任中も、また、その後も談合をしていたようです。日本を代表する社長ですが、チンピラより質の悪い連中です。

ご指導いただいた方、その2.本吉暢浩氏。

本吉さんは1980年代、読売新聞の編集委員、論説委員として都市政策分野でご活躍された新聞記者。いつもお声をかけていただきました。「遊びにいらっしゃい」と気楽に言っていただきました。ご厚意に甘え、光が丘のご自宅に子連れで何回かお邪魔しました。また、読売新聞社の論説室にお邪魔しました。東京問題、日本の都市の在り方など、熱く意見交換しました。本吉さんは読売新聞主催の住宅都市セミナーの主催者、司会者で、いつも招待状をいただきました。私が港区長時代は論説委員が交代で別の方が司会でしたが、私もパネラーの一人として招かれ都心居住について発言させていただきました。

1984年事務所を六本木に構えた時、本吉さんが弊事務所に立ち寄り、事務所の家具など見ながら、「ある組織で家具を処分すると言っているから、僕が紹介するからその不用品となる家具をもらい使ったら」と言われ、すぐその組織に訪問、処分した家具をいただきました。その家具は現在も使用中です。

若手の新聞記者時代の都市問題の取材の思い出話など聞かせていただき、また、建設省や東京都の委員を務めている立場から最新情報を勉強材料にいただきました。大いに勉強させていただきました。

ご指導いただいた方、長谷川徳之輔さん。

これまで多くの方にご指導いただきました。ブログでも時折、指導教官のことをふれました。さらにご指導いただいた方について思い出話を。長谷川徳之輔さん。1990年代、土地問題の評論家としてたびたびテレビに出演。もともと建設省の役人。その後、明海大学不動産学部教授に転身。

1981年の読売新聞マイタウン論文コンクールで一緒に入賞したご縁で個人的に親しくなりました。1982年、株式会社を設立した際、原田さんに仕事をと奔走してくださり、ある都市開発の調査研究の事務局のお仕事を紹介くださいました。何くれとお声をおかけいただきました。1985年頃ボストンに出張に行くということでたまたま東京を訪問していた旧知のハーヴァード大学日本研究所長、ペリー教授を長谷川さんに東京でご紹介。長谷川さん「ペリー先生、何かご協力できることがありますが?」、ペリー教授「ケイミに仕事を出してやれ」と発言され、私がびっくりしました。エピソードです。その後、1995年、建設省が21世紀ビジョン委員会を立ち上げるので長谷川さんから原田さんに委員に就任してほしいと依頼がありました。光栄なことでした。

長谷川さんは即地主義、現場主義の方。土地問題を机上でなく、現場を歩き、その歴史を100年くらいの期間の地図を収集、分析するという手法。様々意見交換というより、一方的に教えていただきました。土地問題を語る際の長谷川徳之輔さんの熱い思いが伝わってきました。大いに勉強させられました。残念ながら2年前にお亡くなりになりました。

長谷川さんの影響を受け、私自身も土地問題について小論を書いてみようと考えております。