クロスカルチャーの音楽イベント

大田区の閑静な住宅街に近代建築の指導者の一人山口文象氏の住宅、アトリエがあります。5月下旬、貴重な近代建築の住宅で、山口文象氏のご子息で音楽家の山口勝敏氏のピアノ・オルガンコンサートが開催されました。私もご縁で出席しました。音楽を聴くのも目的ですが、山口文象氏の住宅兼アトリエを観たいという思いももう一つの目的です。住宅は機能的で、構造的には同一スパンの繰り返しで、民家の原理を基にしたような設計です。

山口勝敏氏の演奏の後、広い庭で出席者が、山口様の奥様の手作りのスナックを食べながら談笑。交流。様々な分野の出席者による文字通りのクロス・カルチャーの会でした。こうした文化芸術活動が草の根のように拡大することを期待しています。

昨年、日本建築研究会で、高尾山薬王院を建設した宮大工の小町氏の講義を聞きました。10代の時山口文象氏に弟子入りし、多くを学んだお話でした。山口勝敏氏に小町氏の話をしましたら、「小町さんにはよくおんぶしてもらった」と懐かしがっていました。

 

港区客引き防止条例施行後の六本木の実態、港区や警察は実態を把握しているか?

平成29年4月1日から港区客引き防止条例が施行されました。武井区長は様々な会合で自信たっぷりに条例施行を宣伝しています。問題は実態です。具体策です。武井さんはやってますとアリバイ作りの発言はしますが、実態が伴っていないことが多いです。

本日、6月18日(日)夜8時20分頃、外苑東通り、六本木5丁目交差点方面から六本木交差点に向かい進行方向右手の六本木3丁目側の歩道を歩いていましたら日本人の若い女性が2人立ち、客引きをしていました。無視して通り過ぎました。交差点にみのち庵という日本蕎麦屋があります。そこに2人の日本人の若い女性が立ち、私のほうに寄ってきました。私は「喝」。女性に「条例違反」と告げました。女性は私の発言に無視、理解しない様子でした。

はや、有名無実になっている客引き防止条例。武井さん、麻布警察署長ご存知か?

区長秘話75、何でもあり、議員から管理職への働きかけ、課長から聞いた苦悩話。

某課長から聞いた話。区長就任後ある程度時間が経過し、某課長が私を信頼できる真面目な人物を判断したのでしょう。とある会合の席で課長が問わず語りのように「一部議員からの働きかけはすごいものがありました。担当課長に金を渡そうとしたり、料亭で酒を飲ませようとしたり、女を抱かせたり」と苦悩の思いのたけを私に伝えようとしました。私はそのような事態が生じてはならないと決意した次第です。港区政の一側面、日本の地方自治の一側面です。

東京都美術館で建築スケッチ出展、平泉会

去る5月の連休中、上野の東京都美術館で平泉会の展覧会が開催されました。私はお誘いをいただき、建築のスケッチを2点出展しました。1つは日本のお寺、1つはスウェーデンの博物館です。

スケッチの日本の寺は、東村山市内にある正福寺。室町期の建立。都内で唯一木造建築の国宝です。鎌倉の円覚寺と似た様式です。禅宗様は鎌倉時代に禅宗とともに伝えられた様式で、日本建築史の重要な節目の一つです。垂木が放射状に伸びる扇垂木、火頭窓などの特徴があります。私の絵はスケッチというより、正確な建築記録の絵といった内容です。西武線東村山駅から徒歩15分程度。室町時代はお寺周辺は主要な街道沿いだったか、ある程度の集落があったかと想像します。都内の散歩がてら国宝建築の見学をお勧めします。

もう一つ、スウェーデン、ストックホルム市に立地するヴァアサ博物館です。17世紀の建造され処女航海で沈没した軍艦。近年引き上げられ保存され、世界で唯一の現存する17世紀の船です。1980年公開設計競技が実施され(日本の自治体などはコンペやプロポーザルを実施すべきです)モンソン・ダールベックが入賞、設計しました。80年代のスウェーデン建築の傑作のひとつと言われています。3本のマストを屋根に突出し、大きな箱を斜めにし船を覆うというフォルムです。内部の構造は美しいコンクリート打放しです。私の大好きな建築の一つです。1994年と2004年見に行きました。

来年1月に六本木の新国立美術館で、また、来年5月に東京都美術館で展覧会が予定されています。今からスケッチの構想、下書きを始めております。スケッチを描くことは、降雨緩効性、材料、色彩など建築空間を再認識することに役に立ちます。

平泉会の会長保坂先生はじめ素晴しい芸術仲間に感謝です。

平安時代礼堂は夢を見て指針を決める場所?更級日記の著者はフロイトより1000年早く夢を分析。

日本建築研究会の本年度第1回の勉強会に出席しました。講師は東京大学建築学科教授の藤井恵介氏。平安時代の礼堂について平面計画の機能論はあるが実際何に使われたのか研究が未発達。藤井先生は礼堂は貴族たちが夜間含め(通夜)長時間滞在し、観音様の前で夢を見て、人生の方針を決める場所ではないかという面白い自説の紹介でした。

証拠をいくつか挙げました。(1)高校時代古文で読んだ更級日記を取り上げ、著者の藤原孝標の娘の日記に、礼堂に入り長時間過ごし、夢を見て、様々判断したという記述の紹介、(2)当時の絵画に礼堂に複数の人が入り横に(眠り)なっている様子が描かれているものが多くあるなどです。

板敷きの礼堂は中国や韓国のお寺にはない形式です。

夢を見て人生判断するということで思い出したのがフロイトの夢の精神分析の本です。学生時代読みました。しかも熱心に。見た夢を思い出しながら(思い出せない夢もあります)メモにし、フロイトの本に基づきながら自分の精神状態を分析しました。自らの深層心理が分ってきます。結構役に立ちます。区長時代も時々やりました。更級日記の著者はフロイトより1000年も前に夢の精神分析をしていたということをドイツの心理学会で発表したら論争が生まれるでしょうか?

留学貧乏実話

1969年、早稲田大学3年生、20歳の時アメリカに交換留学しました。今思いますと、貧乏生活したなという思い出です。交換レート1ドル360円。日本の大卒の初任給は3万円以下、アメリカでは初任給500ドル以上(18万円)大変な日米経済格差の時代でした。

大学が始まる前、ニューヨーク市に数日滞在した時。市バスは25セント(90円)、当時の都バスは20円。今都バスが200円ですからニューヨーク市バスは900円という感覚。市バスの料金は高すぎでニューヨーク市内を建築の見学のため数キロを歩き続けました。9月初旬で暑い日が続きましたが、自動販売機のジュースは高額(10セント:36円、今の感覚で360円)で買えず、公園内の水飲み場でのどの渇きをしのぎました。

服装は学生服の黒いズボンを1年間はき続けました。ワイシャツは適時洗濯しましたが、2枚を交代交代に着ました。靴はアメリカでお世話になった友人のお古のボロ靴を1年間はき続けました。散髪代は高そうなのでインドからの留学生(ラジュ・アルワ:今でも名前を覚えています)に相談したら、自分でハサミを持っているとのことで散髪を時々無料でしてもらいました。

アメリカ国内の移動は21歳までは飛行機半額で乗れる優待割引制度を活用しました。時刻表を見て、食事がサービスされる時間帯の飛行機に乗り、食事代を節約しました。可能な限り友人宅でホームステイさせてもらいましたが、友人がいない場所では安ホテルに宿泊。ベッドだけの部屋で、冷房なし。シャワー、トイレは共用。しかも、ある安ホテルではトイレの扉が全部壊れている(ない)のにさすがショックを受けました。そのホテルは1泊3ドル50セントでした。日本円で1150円。当時は日本で学生アルバイトの一日分です。今の感覚で8千円くらいでしょうか。日本の学生には高額でした。食事はマクドナルドでハンバーガーとコーラ。25セント。90円。感覚的には900円相当。それが貧乏日本人学生にとり最高の食事でした。今では楽しい思い出です。今では、お世話になったお返しの気持ちで、時々、海外からの留学生にお食事を提供して差し上げます。

ホスピス牧師、日本にはない仕事。

20年前、国際会議出席のためアメリカを訪問しました。娘も連れて行きました。その際、私が20歳の時早稲田の交換留学で学んだオハイオ州のウースター大学時代の女性の友人宅を訪問し子供同士(同い年)の交流も目的の一つでした。自宅を訪問しホームステイしました。連れ合いの方を紹介されました。名前から北欧系の方。

職業はホスピスで牧師をしていると自己紹介されました。死を目前にした患者さんとお話をし、精神的に安楽にすることが仕事です。日本にはない職業です。宗教観、人生観の違いです。日本ならまだ本人に本当の病名を言わないことが多いと思います。「その内よくなりますよ」と医者は患者に説明し、その後で家族には本当のことを伝える場合があります。私の親の時もそうでした。

欧米で医者がそのような態度をとると事後真実を伝えなかったと裁判所に訴えられると思います。氏から細かい話を聞きませんでしたが、医者が後数日の命と先刻した患者に対し、「〇〇さん、あなたは立派に生きましたね。家族、友人に恵まれましたね。後数日の間、祈り続け、楽しかった人生に感謝しましょう。神様があなたを祝福しています。そして、神様の御前に行きましょう」とでも牧師がやさしく語りかけるのでしょう。

日本では病院で僧侶がうろちょろしたら縁起悪いと患者や家族、病院職員から叱られるかもしれません。しかし、宗教の役割を考えさせられる一コマでした。

1930年代を舞台にしたアメリカ映画から思う武装の状況

中学生の頃「アンタッチャブル」というアメリカのテレビ番組が日本で毎週放映されました。毎週見ました。1930年前後、シカゴの有名はギャングの親玉、アル・カポネ一家とFBI(連邦捜査局:アメリカ司法省の実働部隊)との戦いの実話の映画です。シカゴ市警は自治体職員でギャングに買収され、FBI連邦捜査官は買収されない(アンタッチャブルの題名の由来)ということでFBI捜査官がカポネ一味と戦いました。

中学生なりに感じたことです。ギャング一味もFBI(警察)も機関銃で撃ち合っていました。一方、太平洋戦争で日本軍はライフル銃のような武器で戦闘していました。武器の性能という観点から日本軍はアメリカのギャングや警察より遅れていると感じました。

別のアメリカ映画で、1930年代を舞台に、ボニー・アンド・クライドという夫婦で車で旅しながらの銀行強盗の実話です。これまた、武器は機関銃でした。

1930年代からアメリカではギャングも警察も機関銃で戦っていることを考えると、戦争で負けるのは当然、(負けた理由は他にもたくさんありますが)と、子供ながら感じました。20代で欧米に留学し、また、国際会議で海外に行くと、空港、鉄道駅で警察官、軍人が機関銃を持ちパトロールしています。1979年香港空港で警察官が銃身の短い機関銃でパトロールしていました。それが国際水準です。1990年代、国会で自衛隊が海外に派遣されるにあたり隊長のみにピストルを持たせるかどうかの議論をしていました。イデオロギー論争はともかく、世界の治安情勢の実態を理解すべきと思いました。

音楽評論家湯川れい子氏の生い立ち、英語学習、国際理解、港区の幹部も学べ。

読売新聞で現在、音楽評論家湯川れい子氏の生い立ちについてのインタビュー記事が連載で掲載されています。英語学習、国際理解に参考となる記事です。特に、大使館が多く、外国人が10%いる港区の幹部はその記事を学ぶべきです。

湯川さんは、戦後、10代の時、ラジオから流れる軽快なアメリカ音楽に関心を持ち、同時に、英語でジャズなどアメリカ音楽を学びたいと思い、英語を学ぼうと決意、弁当持参で映画館に行き、1日4回同じ洋画を鑑賞し、英語を学んだ、というような内容でした。私は建築という分野で異なりますが、欧米の建築事情を知りたい、そのため、英語を勉強しようと思った動機は湯川さんと同じものがあり、インタビュー連載記事に共感を抱きました。

港区は表面的には異文化理解、国際理解とトップが発言していますが、実態は異なります。トップは異文化を理解しているとは到底思えません。また、トップ含め幹部たちは英語を理解しません。

私は欧米の建築事情を勉強したい、そのため英語を勉強しようと、海外で勉強しようと、実践した人間です。現実は、元区長(15歳から港区役所しか知らない)、一部区議(30歳から70過ぎまで区議を勤め裏ワザばかりやっていた区議)、現在のトップ(区役所しか知らない)たちには英語や海外事情を勉強した人間は異端に思えたのでしょう。湯川れい子さんのインタビュー記事を読むと少しは国際理解、英語学習の理解の一助になります。

マンション大規模修繕の裏側

マンション大規模修繕の体験3題です。今後、マンションの大規模修繕をご計画の方、ご参考にしてください。数日前には某マンションの大規模修繕の設計監理を依頼された際のエピソードを書きました。今回は自分のマンションの大規模修繕の嫌な体験談です。私は現在のマンションに住み始めた当初の20年間理事、理事長を務めました。その時の経験です。

20年前(マンションは築15年以上経過していました)、マンションの大規模修繕をすることになりました。3者に見積依頼しました。A社は9300万円。(と記憶しています)B社、C社は1億円強の額でA社に比べ1000万円高い額でした。私は3者の見積書を調べました。A社の安い理由を見つけました。屋上防水の見積項目がありません。B社もC社も1000万円の屋上防水が含まれていました。築15年以上経過していますので屋上防水は必要な工事です。理事会で3者の説明を聞き、A社に「防水が含まれていない理由は何か」質問しました。すると、「屋上防水の状態は良好で、防水工事をする必要がない。5年以上大丈夫」との説明でした。A社の見積額に屋上防水を含めると3者で最も高い額になります。私は「屋上防水は必要である。築15年以上経過しているので」と主張しました。しかし、他の理事は安いA社でよい、と意見、結果A社に決定しました。その時の理事長はA社を気に入っていたようです。

2年経過しました。A社の営業マンが理事会に来て、そろそろ屋上防水をしてはどうかと1000万円の見積書を持ってきました。私は即座に2年前の大規模修繕の際「屋上はあと5年は大丈夫と説明したでしょう、2年後に屋上防水の工事をしませんかとの説明は2年前仕事を取りたい目的で屋上防止工事を抜き、安い見積書を出しただけで、不適切な営業活動だ」と叱りまました。すると、営業マンは「あの時の担当者はやめたのでその時の事情は分かりません」とよくあるごまかし説明。2年前の見積の内容説明を覚えていた他の理事が私の発言に賛同してくれました。私はA社の営業マンに「屋上防水は5年大丈夫と説明があった。もし、問題が発生すればA社の責任だ」と伝え帰ってもらいました。理事たちが「原田さんの指摘の通りになった。安いからよいというわけでない」と反省。見積書の内容、ねらいをよく分析しないといけません。(安かろう悪かろうの具体例は港区立住宅のエレベーターメンテナンスの契約で2006年事故が発生しました。予算400万円に対し、100万円の低額で落札したメンテナンス業者にメンテ業務を発注、手抜きメンテで事故が起きました)

数年後、屋上防水工事をすることになりました。再度、理事長(元建設会社勤務)がある特定の防水施工会社P社を連れてきました。防水関係者にその会社の評判を聞きました。別のQ社が評判が良く、かつ、見積額も妥当なので、Q社に依頼することにしました。理事長が特定の会社を連れて来たり、推薦するのは不適切です。

3度目の体験です。私は港区長に就任し、理事を辞めました。3度目の大規模修繕でした。他の理事から聞いた話です。見積比較でX社に決まりました。すると、後出しジャンケンでもっと安い見積額を提示したY社に決定したとのことでした。不適切な手続きです。しかも、Y社は施工会社でなく建材メーカーです。異常な手続きです。さらに、各住戸のリフォームの場合、現金取引です。脱税目的ではと感じました。大手の建材メーカーです。私は理事でありませんし、区長職に就いていましたので、個人的な意見は出しませんでした。

以上自らのマンションの大規模修繕で体験した3つの不適切な手続きでした。こうしたことがないように、信頼できる専門家に相談することをお勧めします。