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技術士稲門会総会記念講演、放射性廃棄物の資源化

2022年6月11日、技術士稲門会の総会が開催されました。不肖私が会長を仰せつかっております。総会後の記念講演に、元原子力学会長の藤田玲子様をお迎えしました。演題は「高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化 -地層処分の概要- についてです。藤田玲子様は早稲田大学理工学部卒、大学院は東京工業大学に転じ、博士号を取得しました。その後、東芝の原子力研究所、アメリカのアルゴンヌ研究所などにお勤めしました。2011年の東電福島第一原子力発電所事故に伴い福島県除染アドバイザーに就任、また、内閣府の「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」プロジェクトマネージャーなどをお勤めになりました。女性研究者のリーダーのお一人です。

先生の講演内容は専門外のことで、私なりにまとめると講演要旨は以下の通りです。「高レベル放射性廃棄物にレアメタルなどの有用元素の素が含まれています。それを物理的方法(中性子数を変える)、化学的方法(陽子数を変える)で元素の構造を変え、安定した素材にすると言う核のゴミの再利用の方法です。資源のない日本にとり再利用で資源を入手することは重要なことです。コスト的には、例えば、パラジウムを産出国から輸入することと比較し十分採算が取り得るそうです。

今後、使用済み燃料を再利用する研究が必要。課題として日本の研究の特性は、課題が生じて研究すると言うスタンス。ニーズを先取りして研究することは得意でない。先に戦略を立てるべき。原発は処理場のことも含め国民を巻き込んで議論すべき。ヨーロッパの特性は哲学から入る。アメリカは技術から入る。」  以上が先生の考え。(素人故、勘違いしている部分があるかもしれません)

原田のコメントです。藤田先生は早稲田の大学院に進学しようとしたら当時の指導教官から大学院研究室で女性を受け入れないと言われ、東工大に転じたそうです。当時の教授の価値観ですが、今思いますに、差別であり、優秀な女性研究者を早稲田の理工学部は失ったと言えます。                 また、原子力発電所で生まれる核のゴミを特殊な技術で無害化し、資源化する方法はこれからの日本に必要な技術です。ただし、一部に原子力アレルギーがあり、また、原子力政策は政治家にとり票につながらないので政治家があまり熱心でないそうです。今後の日本の科学技術政策の方向性を考えると、こうした技術開発に予算を充てることは重要です。

日大前理事長、理事、評議員、法学部長、危機管理学部長などに喝!

21年9月、東京地検特捜部は背任容疑で日大本部、日大事業部など家宅捜索をしたとの報道がありました。10月、東京地検は日大理事井ノ口忠男と大阪の医療法人理事長藪本雅巳を背任容疑(板橋日大病院の建替え計画関連で2.2億円以上)で逮捕しました。その他にも背任容疑が複数ルートがあるとのことです。最終的に田中理事長が逮捕されました。

アメリカの大学に留学し、アメリカの大学経営事情を多少知っている立場から以前から日大の理事長の経歴やガバナンスについて疑問に思っておりました。大学の学長、理事長は博士号を持ち、大学の将来構想を作成し、その目標に向かい大学を運営する役割を持っています。民主的な選挙で、品格ある、学識ある人物が、学長や理事長が選ばれます。日本のような文部科学省がありませんから、大学は自主的に、民主的に、厳格に、管理運営され、評議員や同窓会、学生などの声が重要な要素となります。田中理事長は相撲の世界では実績を残した人物ですが、学問の分野では実績はない方でしょう。博士号も持っていません。また、田中の腰ぎんちゃくとも言ってよいのでしょうが、理事の井ノ口も同様、博士号も持たず、ゴマすりと口先と腕力だけで理事になったのでしょう。このようなレベルの人物が理事、理事長に就任することはアメリカの大学では考えられません。田中理事長、井ノ口理事を推挙した時の評議員や学部長等は、今どうしているのでしょうか。想像ですが、田中から投票依頼を受け金でも貰ったのでしょう。こうした理事、評議員等も調査対象とすべきです。

9年前の2013年2月1日の新聞報道で、「日大田中理事長が委託先の建設会社から500万円超を受け取った」と報道されました。疑問の一つ、なぜ、その時、厳しい内部調査がされなかったのか不思議です。その時の日大の顧問弁護士は「指摘の金銭のやり取りはありません」と回答、疑惑の建設会社の顧問弁護士も「資金提供はしていない」と回答。嘘をついた弁護士も同罪です。弁護士資格を返上すべきです。

多くの理事、評議員、学部長など、事なかれ主義のアホンダラだったということでしょう。日大の法学部長、危機管理部長など、肩書だけの人物で、長いものに巻かれろ式の卑しい人間でした。マスコミなどで政府批判や社会批判をする日大教授も多くいますが、自分の組織を公正、適切に運営できない人物が偉そうなこと言うなと言いたい気持ちです。

6月20日土曜日朝の六本木風景、マスク無しの若者集団

6月20日土曜日8時半頃、六本木、外苑東通り(六本木交差点から東京タワー方向の道路)、六本木5丁目交差点あたりの風景です。オールナイトで遊んでいたと思われる若者集団(男女混合)、6人グループ、4人グループなどが六本木交差点方向(地下鉄の駅があります)に向かって、一見ほろ酔いの雰囲気で歩いていました。その半数はマスク無しで大声で語り合っていました。酒は夜は提供されないはずですが。

COVID19対策を慎重にしている飲食店が多くあります。こうした良心的な店は通常通りの営業をしても問題ないと思います。どの店か知りませんが、若者が集まる店を営業し、大声で騒ぐ店こそ取締りの対象とすべきです。汚い言葉ですが「味噌も糞も一緒にする」政府、東京都の対策に苛立ちを感じます。おそらくこうした店、集団からCOVID19が拡大するのでしょう。行政が蔓延防止対策と称し、良心的な営業をしている店も、そうでない店も一緒に扱う方針は再検討すべきです。

田崎悦子ピアノリサイタル

6月6日バッハの命を感じるリサイタルが東京文化会館小ホールで開催され、聴きに行きました。田崎さんはフルブライト留学の先輩です。演目はバッハの円熟期の作品、パルティータ第1番変ロ長調、第6番ホ短調、第4番ニ長調です。バロック時代の音楽の基本に則った内容です。COVID19の中ですが、小ホール定員約650席ですが、ほぼ満席に近い聴衆でした。田崎さんの長年のファンが大勢いるのでしょう。素晴らしい演奏会でした。80歳ですが、長い時間鍵盤に向かい、テンポの速い曲を弾き続けるエネルギーに関心させられました。自分が80歳になった時、果たしてこれだけのエネルギーを維持できているのか?そういう観点からも刺激をいただきました。

田崎さんは桐朋高校卒で、フルブライト奨学金をいただきニューヨークに行き、ジュリアード音楽院でピアノを学びました。当時のニューヨークは音楽含めあらゆる分野で世界の頂点でした。ホロヴィッツ、ルービンシュタイン、バーンシュタインなど著名な音楽家が演奏をしていました。その中で、著名な指揮者にショルティに認められシカゴでデヴュー。

日本が貧しい中、フルブライト奨学金でニューヨークに単身行き、精力的にピアノ演奏学を学びました。経済的にも大変な環境でニューヨークで勉強、努力をされたと思います。大した度胸、挑戦心、貪欲な吸収意欲です。

単身でアメリカに渡り、世界の指導者の下で、貧しい中頑張った、という点では私も共通の体験を持っていますので、田崎さんの人生を理解できます。また、尊敬します。元港区長S氏、元副区長N氏等は、港区のことしか眼中にないようで、海外のことを理解しようとする意識はなし。逆に、フルブライト留学の経歴を語るなとお説教するのですから、残念でした。世界の学問の頂点のアメリカで、世界のトップの建築家、指導者に学ぶことができたのは、私の誇りです。そうした人生を理解しない、出来ない最高幹部がいたことは、国際都市と称される港区役所の現実の一部です。

アメリカの女性社会参画報道3題

直近のアメリカの女性社会参画に関する報道3題の紹介です。

一つ目、ニューヨークタイムズ紙4月6日、アメリカの大手航空会社、ユナイティド・エアは2030年までに5000人のパイロットを養成するが、その半数を女性、有色人種にするとのことです。現在アメリカの航空会社のパイロットの94%は白人男性です。ユナイティド・エアで女性パイロットは7%です。会社として大英断です。日本の企業、大学などでもトップが大英断すべきです。

二つ目、同じくニューヨークタイムズ紙4月7日、アメリカ、ミズーリ―州セントルイス市で黒人女性市長ティショウラ・ジョンズ女史が誕生しました。COVID19に加え、多い殺人事件、市の刑務所での暴動、貧困問題など抱え、新市長は積極果敢に取組むと表明。市の会計管理者からの転身です。彼女はハンプトン大学卒、セントルイス大学公共衛生大学院修了、ハーヴァード大学公共政策大学院修了(ケネディスクール)、地元で委員活動を経て、ミズーリ―州下院議員、その後市の会計管理者に就任。

三つ目、アメリカ建築家協会(AIA)誌4月5日号で、AIAは建築界の多様性、とりわけ女性建築家が指導的立場で活躍するプログラムを提言しました。日本の建築学会や建築士会などの積極果敢な改革を期待します。

ニューヨーク州のワクチン接種、スピード感に欠ける日本

2021年4月4日のニューヨークタイムズによると、ニューヨーク州(人口約2000万人)では既に1/3が一度はワクチン接種が終わり今週末(10日)までには州民16歳以上全てに接種が終了するとのことです。また、バイデン大統領は4月19日までに16歳以上の国民にワクチン接種を終えると演説しました。日本、東京、私の住む港区では、まだ具体的な予定も不明です。欧米の国と比べてワクチン接種が遅れている原因をしっかり検証する必要があります。今後の危機管理の対応のためにも。日本に優秀な製薬会社が多くあり、優秀な薬学研究者が多くいるのに、なぜ日本独自でワクチンが作れないのかも検証し、危機に備えての対策を検討する必要があります。

モグリ・エレベーター業者

高齢の知人から自宅で1階と2階の上下移動を楽にするためホームエレベーターを設置したいので相談に乗ってほしいと言われました。その方の友人宅では、1、2階をつなぐホームエレベーターを設置し、費用は200万円だったと言われました。安すぎるのではとおかしいと思いましたが、とりあえず話を受け入れました。

建築家として、ホームエレベーターのカタログで価格を調べるとホームエレベーター本体価格は最低でも300万円します。それに、エレベーターを支える周辺の建築工事が必要です。外部にとりつける場合も考えられます。また、住宅内部で、床に穴をあけて取り付ける場合も考えられます。住宅の平面の状況、構造の状況、敷地の状況により、工事費が大幅に変化します。また、エレベーター設置は、行政の確認審査の手続きが必要です。図面も多く作成しなければなりません。2階建てで、鉄骨で柱と梁を組み立て、屋根、外壁を仕上げるとなると、単純に1階、1坪として2階建てで200万円は最低かかります。しかも小規模な工事ですから割増しとなります。さらに、狭い敷地ですと、重機が使えないので人力で工事をするとなると、さらに人工代が必要となります。模型を作り、簡単な図面を作成し、概算見積を作成し、説明をしたところ、その方は、知人宅の200万円の先入観があったので、驚かれました。エレベーター会社は建築確認申請がなければ工事をしません。

その私の知人は、その友人の紹介で、友人宅のホームエレベーター工事をした会社を紹介してもらい直接電話をしました。埼玉県にある会社だそうです。電話で一級建築士で前港区長の建築家に相談しているが、工事をお願いできるかと聞いたところ、「できません」と言われ、すぐ電話を切られたそうです。私はうっかりその会社の名前を聞きそびれました。エレベーターは安全にかかわる設備ですから手続きが厳格に規定されています。モグリで、手続きなしで、お手製のエレベーターを手軽に設置する会社があるのかと驚いた次第です。

フルブライト留学合格大作戦

1967年早稲田大学建築学科に入学し、将来アメリカに留学しようと目標を立てました。しかし、経済的に不可能であり、奨学金を得るしかない、最も有力な奨学金はアメリカ政府が運営するフルブライト奨学金であることを知り、「フルブライト留学」を目標としました。

事前準備というわけで、1969年、早稲田大学の交換留学生としてアメリカ、オハイオ州にあるThe College of Woosterに留学しました。さらに、1971年、IAESTE(国際技術研修協会)の留学生としてスウェーデン、ストックホルムのカール・クリスティアン建築設計事務所に技術研修留学しました。また、客観的な実績を残せと指導教官穂積先生から助言をいただき、修士課程の2年間に、建築学会の設計競技に挑戦、建築学会の論文集や専門誌に寄稿しました。建築学会設計競技入選2回、建築学会論文投稿5本、専門誌への寄稿9本です。以下その実績です。

早稲田大学大学院修士課程の1972年から74年の間の実績リストです。1972年建築学会設計競技(農村集落計画)で入選、1973年建築学会設計競技(コミュニティホスピタル)入選。2回建築学会からデザイン賞をいただきました。

論文は、(1) オフィスランドスケープ研究、その1 実例を通してオフィスランドスケープの接点を探りその特質を考察する、日本建築学会大会学術講演梗概集(九州)、昭和47年10月、(2)Field Research in Office Building for Environmental Design no.1 事務所建築における環境デザイン研究のためのフィールドリサーチ・その1 日本建築学会関東支部、第43回(47年度)学術研究発表会、(3)事務所建築における環境デザイン研究のためのフィールドリサーチ・その2、日本建築学会関東支部(47年)学術研究発表会、(4)事務所建築における環境デザインのためのフィールドリサーチ・その3、日本建築学会関東支部(47年)学術研究発表会、(5)オフィスランドスケープ研究ーその2、事務所建築における環境デザイン研究のためのフィールドリサーチ、日本建築学会大会学術講演梗概集(東北)、昭和48年10月。2年間で建築学会に5本論文を投稿しました。

さらに専門雑誌にも寄稿しました。早稲田建築1972年、Vol.2、No.4,「フィンランドの建築家レイマ・ピエティレ」、A+U(Architecture and Urbanism)1972年5月から10月まで海外情報、ジャパン・インテリア・デザイン1974年4月号「オフィスランドスケープを考える」です。こうした実績をアッピールしながらフルブライト留学の試験に挑戦しました。推薦状は、指導教官の穂積教授、ウースター大学の指導教官Arnold Lewis教授、スウェーデンの先生カール・クリスティアンソン氏(スウェーデン、インテリアデザイン学会会長)に書いていただき豪華な顔ぶれ。後で耳にしたこと、審査員5人が全員一致で原田を推薦して下さり、首席で合格したとのことでした。(principal candidateとして合格したと通知をいただきました)指導教官の穂積先生はじめ多くのご指導をいただいた方に感謝です。

一方、こうした学生時代の活動に理解をいただけず、私を後継の区長に引っ張り出した元区長S氏は留学の話をするなと区長就任後お説教(院政は敷きませんという約束でしたが)(以前、建築事務所の社長をしていましたでは区民への説得力がなく3度留学した挑戦心ある人物です、安心くださいとアッピールする意図でしたが)また、筆頭部長のN氏も原田の区長退任表明直後の2004年の春ごろ「フルブライト留学の話はしないでください」とお説教?私の人生観、前向きな活動実績に対し理解いただけず、残念でした。また、多くのフルブライト同窓生に対する侮辱でもあります。

職業の多様性。ニューヨークヤンキース大打者が心臓外科医に。

ニューヨークタイムズ2021年3月25日の記事によると、元ヤンキースの大打者バビー・ブラウンが亡くなりました。戦後、ヤンキースの大打者として4回ワールドシリーズに出場しました。打者として脂が乗りきっている29歳の時、野球選手を辞め、心臓外科医になりました。日本のスポーツ界ではありえない職業選択です。アメリカ的な多様な職業選択です。

日本では、学校を卒業後、就職し、同じ職場で定年まで勤めるのが一般的です。一方、欧米では、転職が当たり前です。大学教授も5年から10年位で他大学や民間企業、あるいは政界に転職します。しかし、ブラウンの場合、大リーグの打者として立派な成績を残し、さらに医学の勉強をし、医者になったのですから大変な努力家だったのでしょう。シーズンが終了後から翌年のシーズンが始まるまで医学の勉強をしたようです。

[原田のコメント]日本のスポーツ選手は、退職後、一般的に評論家、タレント、水商売と限られた分野に就職する方が多いと聞きます。アメリカでは、新たに勉強しなおし、新たな分野の仕事に就く方が多いと聞きます。多様性と叫ばれていますが、欧米と比較し、日本はまだまだ金太郎飴の社会です。

中国深圳市、音楽大学の国際コンペ。スペイン人建築家Miralles Tagliabueが入選。

中国深圳市が音楽大学の国際コンペを実施し、スペイン人建築家Miralles Tagliabueが入選しました。音楽とアートが融合した有機的なフォルムとサステイナブル建築の提案です。教室に加え、700席の劇場、500席のコンサートホール、200席のリハーサル室です。

[原田のコメント]深圳市のオペラハウスの国際コンペと同様、音楽大学の設計者選定で国際コンペを実施し、プロジェクトに相応しい建築案を選択したことに敬意を表します。深圳市役所の「より良い文化芸術空間を創り出そう」とする姿勢に敬意を表します。日本政府、日本の自治体は深圳市を大いに学ぶべきです。国会議員、都議会議員は海外視察の機会が恵まれていると思いますが、「国際コンペ」「プロポーザル方式」など十分を割いてそのプロジェクトに相応しい建築家選定をしたら、