カテゴリー別アーカイブ: 教育

港区役所に投書しましたが。回答なし。黙殺?

5月の港区役所の広報誌「キスポート」にコミュニティカレッジ募集という記事がありました。港区が使うコミュニティカレッジは本家、アメリカの内容と似て非なる内容です。誤用です。

コミュニティカレッジ(Community College)は英語辞典にも掲載されています。アメリカの公立の2年生の短期大学、職業訓練施設、生涯学習施設です。約1000あります。バイデン大統領は重要政策の一つとしてコミュニティカレッジ政策に力を入れると発言しました。アメリカでは、法律、教育政策、教育学の中でコミュニティカレッジは明確な定義がされています。港区の用語は間違った使い方です。私はアメリカ留学中コミュニティカレッジに関心を持ち、1978年と1980年、毎日新聞の論説記事に寄稿しました。また、旧自治省発行の「地方自治」81年3月号と神戸市役所が発行する政策論文誌「都市政策」の81年4月号にコミュニティカレッジについて数万字の論文を寄稿しました。その後、東京都庁の職員研修所で講師を頼まれ、さらに、職員研修所が発行する「行政管理」に82年寄稿しました。その他、多くの専門誌に寄稿しました。こうした論文数から言えば、私は、元祖、コミュニティカレッジ研究者です。

コミュニティカレッジ担当と称する芝浦港南区民センター、赤坂区民センター、麻布区民センターの担当者宛に投書しました。また、武井区長にも投書しました。バイデン大統領が知ったら(実際はあり得ませんが)笑われますよと。

港区の区民公聴の仕組みは、区民から投書があれば14日以内に回答するというルールです。私が投書してから既に1か月は経過したでしょうか。社会の常識からすれば「貴重なご意見、資料ありがとうございました。参考とさせていただきます。」と回答するのが普通の方の行動。一歩踏み込めば、「勉強し、再検討させていただきます。」くらいのことを回答してもよいかと思います。私の区長時代、広報課長のM氏が投書の手紙など毎週区長室に持ち込み、私がすべて回答の趣旨を述べ、広報課から回答させました。

広報関係の職員からこっそりチクリで聞いた話。「区民の声を聞く会など開催しても聞くふりしているだけ。」と耳打ちされました。私は、区民の声を真摯に受け止めました。区民からの投書に回答を出さない、黙殺する港区政は残念です。職員と区長の社会マナーの再教育が必要です。

港区の情報誌。コミュニティカレッジは誤用。

2021年5月号、港区スポーツふれあい文化健康財団が発行する港区コミュニティ情報誌「キスポート」で「コミュニティカレッジ」募集と記載がありました。誤用です。コミュニティカレッジは、英語辞典にも記載されていますし、アメリカでは法律で位置づけられ、教育政策や教育分野の専門用語として厳格な定義がされています。バイデン大統領は施政方針で国民のライフラインとしての教育の機会を提供する手段としてコミュニティカレッジの充実を挙げました。

アメリカには約1000のコミュニティカレッジがあります。基本的には市立(公立)で、2年制、無料か低廉な学費で、一般教養、職業教育、4年制大学への編入コース、生涯学習などのサービスを提供しています。バイデン大統領が港区の情報誌で誤用しているコミュニティカレッジのことを知ったら(実際そのようなことはありませんが)失笑し、港区役所(区長)はこのような基本的な英語を知らないのか、とあきれることでしょう。横田基地など米軍関係者に学習機会を提供するために基地内にも正規のコミュニティカレッジがあると聞いています。うっかり、日本語のわかるアメリカ人が情報誌に記載されている「コミュニティカレッジ」を見て、勘違いして入学手続きに来るかもしれません。私事ですが、古い話ですが1978年と1980年、毎日新聞にアメリカのコミュニティカレッジについて紹介記事を寄稿しました。さらに、当時の自治省が監修発行している「地方自治」に1981年、神戸市役所が発行している「都市政策」にもコミュニティカレッジについて小論を寄稿しました。当時、東京都の職員研修所の長期研修コースでアメリカのコミュニティカレッジについて講義しました。当時の鈴木知事のマイタウン構想の中にもコミュニティカレッジが採用されました。コミュニティカレッジについて論文をいくつか書いた立場からすれば、なんて馬鹿な、残念という気持ちです。

バイデン大統領のインフラ政策・教育政策、コミュニティカレッジ

バイデン大統領が積極的な経済政策を打ち出しました。インフラ整備に230兆円(1ドル100円として)、家庭支援に180兆円です。インフラ整備では、一例として、2万マイルの高速道路の補修、1万の橋梁の補修、低家賃住宅供給のために20兆円です。教育政策では、高等教育が誰にでも無料で機会が与えられるよう、授業料無料のコミュニティカレッジ整備のため11兆円です。

コミュニティカレッジについて、私事ですが、相当論文を書きました。一例です。「米国のコミュニティカレッジと日本での展望」、1981年3月、月刊地方自治、「コミュニティカレッジと日本の課題」、1981年4月、都市政策(神戸市役所刊)、その他、毎日新聞の論説記事などに寄稿しました。

コミュニティカレッジはアメリカに1000ほどあります。地方自治体が設立、運営しています。公立の2年制の短大、職業専門学校とも言えます。教育内容は、職業訓練(多種多様な学科があります)、一般教養、生涯学習などです。就職、転職する際に役立ちます。また、いきなり4年制の大学に入学する自信がない、進路を決められないという方に対し、2年間の一般教育コースがあります。そこで様々な学習体験を経て進路を決めたり、4年制大学へ編入への道が開かれています。授業料は無料か低廉です。高額な授業料の4年制大学には経済的に入学できない貧困層の子供たちにはありがたい教育機会です。

私は、かつて、日本でも公立のコミュニティカレッジをと主張しましたが、私立短期大学や私立の専門学校とのマーケットとの関係もあり、設立は難しいと感じました。しかし、現在、多様な教育機会、転職、生涯学習などのニーズを考えると、アメリカのコミュニティカレッジのような学習機関の必要性が高まっていると思います。

南カリフォルニア大学セクハラ問題で1100億円の賠償

ニューヨークタイムズ2021年3月25日の記事によると、南カリフォルニア大学でセクハラ問題で、大学は多くの被害者に1100億円の賠償金を支払いました。南カリフォルニア大学はアメリカの名門門大学の一つです。日本からも多くの留学生がいます。2018年、地元のロサンジェルスタイムズが報道し、セクハラ問題が公になりました。大学専属の婦人科医ジョージ・ティンドールが20年以上にわたり診察に訪れた数千人の女子学生にセクハラ行為をしました。90年代、学生から大学当局に対し訴えたありましたが、当時の大学当局は適切に対応しませんでした。それが、また、被害を増やす原因にもなりました。責任を取り学長も辞任しました。

[原田コメント]公になりにくい問題を長年大学当局が適切に対応しなかったことで、大学当局の責任は重大です。一方、被害者に対する巨額な賠償額は、日本の裁判事例などから、考えられない額です。

50年前留学先の教授の親切な指導

50年前1969年早稲田大学の交換留学生としてオハイオ州のThe College of Woosterで1年間学びました。建築デザイン理論の授業を取りました。教授Arnold Lewis氏は授業の一環として、学生10人ほどを自らのマイクロバスに乗せ高速道路ひた走り、ペンシルベニア州フィラデルフィアに連れて行ってくれました。教授の弟がフィラデルフィアで建築事務所に勤務しているとのことで、弟の住宅に雑魚寝です                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       が宿泊させていただき(無料)、弟が勤務する設計事務所を案内いただき、その他、フィラデルフィアの著名建築を案内していただきました。オハイオ州のウースターからフィラデルフィアまで500キロ以上。教授の運転する車(無料)、弟の自宅に泊めさせていただき(無料)、フィラデルフィア美術館(ちょうど、ブランクーシ展を開催中:ルーマニア生まれ、抽象彫刻の指導者、イサム野口の師匠)を見学し、ペンシルバニア大学を見学、世界の指導的建築のイーロ・サーリネン設計の学生寮、ルイス・カーンの設計したリチャーズ・メディカル・センター、当時有名になりつつあった当時若手建築家ベンチューリーのデザインした住宅など見学できました。教授の配慮で無料ですばらしい建築視察旅行を楽しみました。ルイス教授の自己犠牲、奉仕の精神ですばらしい授業を体験できました。

早稲田大学1972年卒同期会

11月8日(金)夕方、早稲田大学キャンパス内で1972年卒業同期会が開催され、出席しました。私は入学が1967年で本来の卒業年は1971年。在学中、留学したので1年卒業が延びました。71年と72年の同期会に登録されています。さらに、大学院修士課程修了が74年ですので、74年の同期会にも登録されています。1972年の卒業生数7400人、同期会に登録されている数は500人、同期会に出席した者40名、卒業生数の0.5%でした。遠くは神戸市、平泉市から参加しました。幹事の皆様に感謝です。1人、高校の同期もいましたので、双方で驚きました。小中の同期も1人いました。

幹事の一人が当時流行した歌の歌詞を配布、ギターで出席者で合唱。当時を振り返り、懐かしい思いを共有しました。いくつかの歌の中で一つ気になった歌。「心の旅」1971年、財津和夫作詞・作曲、チューリップの唄です。その一節に「・・・もしも許されるなら、眠りについた君をポケットにつめこんで、そのまま連れ去りたい、あーだから今夜だけは・・・」があります。恋愛中の思いでしょう。ある参加者は早稲田同士で結婚したとのこと、ほとんど、学生結婚に近い様子、冗談でしょうが、「今や、双方が失敗した、早まったとぼやいている」と語っていました。上の詩を引用すると「君をポケットに詰め込んで、ゴミ箱見つけ、そこに捨て去りたい」という思いでしょうか?冗談です。     

私は、上記のように、早稲田で1971年、1972年、1974年の同期会に登録されています。さらに、早稲田大学国際部の交換留学生でしたので、国際部同窓会の会員でもあります。国際部同窓会はかつて会長も務めさせていただきました。それに、本職の建築学科の同窓会会員です。したがって早稲田大学で5つの同窓会に登録されています。複数のネットワークがあることは仲間が多いということで、ありがたいことです。

話変わり、区長時代、港区議で昭和初期生まれの議員が、氏に対して、私はかなりほらふきのような人物と印象を抱きましたが、氏は早稲田の政治経済学部を卒業したと豪語していました。(さらに千葉大工芸学部を卒業したとも言っていました)氏から早稲田時代の思い出の話は一切りませんでした。どのような授業を習ったか、どのような指導教授に習ったか、どのような学生生活だったか一切話がありませんでした。

50年ほど前の同期会で、昔の思い出話で盛り上がり、楽しいひと時でした。幹事さんに感謝。

神戸市東須磨小教師間のいじめ問題、見て見ぬふりの管理者、同僚、

神戸市東須磨小学校で教師が教師をいじめる、それも刑事事件になる可能性が十分あるというレベルの事件です。マスコミが例によって匿名報道している中、週刊新潮が実名報道しました。主犯格の教師は蔀俊、リーダー格の女性教諭は長谷川雅代。柴田祐介教諭も一緒になりいじめをした。佐志田英和教授も同様、いじめに参加。管理者である校長、副校長、同僚の教諭たちもいじめの実態を知り、あるいはうすうす知っていたのでしょう。教育委員会事務局、あるいは教育長、市長に直訴することをしなかった、被害者の教諭を救えなかったことはイジメ加害者と同罪です。私は神戸市と多少お付き合いがありました。1981年コミュニテイィ教育について神戸市が発刊する「都市政策」という研究誌に政策論文寄稿を依頼され、また、1993年建築家の国際会議を神戸市の全面的支援で神戸市で開催し、おせわになり市役所職員の手際よさにすばらしいと敬意を表し、神戸市の積極的な都市経営、まちづくり方法教科書として見ていただけに残念です。

神戸市東須磨小学校で教師が教師をいじめる、それも刑事事件になる可能性が十分あるというレベルの事件です。マスコミが例によって匿名報道している中、週刊新潮が実名報道しました。主犯格の教師は蔀俊、リーダー格の女性教諭は長谷川雅代。柴田祐介教諭も一緒になりいじめをした。佐志田英和教授も同様、いじめに参加。管理者である校長、副校長、同僚の教諭たちもいじめの実態を知り、あるいはうすうす知っていたのでしょう。教育委員会事務局、あるいは教育長、市長に直訴することをしなかった、被害者の教諭を救えなかったことはイジメ加害者と同罪です。

私は神戸市と多少お付き合いがありました。1981年コミュニテイィ教育について神戸市が発刊する「都市政策」という研究誌に政策論文寄稿を依頼され、また、1993年建築家の国際会議を神戸市の全面的支援で神戸市で開催し、おせわになり市役所職員の手際よさにすばらしいと敬意を表し、神戸市の積極的な都市経営、まちづくり方法を教科書として見ていただけに残念です。

港区でもおかしなふるまいをする議員がいました。高級外車に乗る共産党議員、官製談合を仕切る議員、など私は積極的におかしい、と発言しました。区議会議員、区役所の幹部で問題指摘する方はいませんでした。

逆に、問題指摘する私に様々な嫌がらせがありました。イジメと言ってよいでしょう。また、私の経歴(海外留学の、所謂帰国子女)故、元区長や国際理解をできない議員などから嫌がらせを受けました。そういう程度の人物は公務員や議員にいるということです。

スウェーデン研究所で学生の研究発表

10月31日(木)スウェーデン大使館でスウェーデン含めた北欧4か国に訪問、2週間程度でフィールド調査した内容を明治大学の学生、東洋大学の学生、アイセックという学生の交換留学を展開する世界的な公的組織のアイセックの学生がこの夏に体験した活動報告をしました。指導教官の指導よろしく学生たちは立派な調査をし、立派にプレゼンをしました。私が同年齢の学生の立場なら、こうした素晴しい調査結果を出せたかどうか。私は1971年スウェーデンに留学しましたので、そうした観点から学生のプレゼンを拝聴しつつ学びました。

調査に参加した学生は順番に報告しました。働き方、都市環境、職場環境、小学校見学、・・・すばらしい経験です。彼ら彼女らが将来社会の指導者レベルに到達したら大いに日本を変えてくださいと応援のメッセージを伝えました。

1971年、ストックホルムで私が体験したこと。ストックホルム工科大学で6割が女子学生。地下鉄、バスの運転手の半数が女性。残業なし。午前、午後30分休憩時間。小学校教育では「個」重視、グループ学習。日本の社会と全く異なりました。現在もです。

私はコメントで、今後、①職業別での女性の比率、(特に建築やエンジニアリングの世界で)、②労働対価としての給料、③議会での議論の進め方、女性政治家の活躍ぶり、④都市構造、東京圏では1時間半程度の通勤は当たり前、だから子育てがしにくい状況、職住近接が必要です、⑤防衛分野での女性の社会進出、などの分野で研究を発展させてはいかがか、と発言しました。学生の皆様、頑張ってください。

海外で学べ、父親の教育哲学

時々勉強のため港区倫理法人会の朝食勉強会に出席します。毎回すばらしい講師のお話を聴きます。「経営に倫理を」という哲学ですが、「政治に倫理を」と政治家も学び、かつ、実践してほしい内容です。先日の講和です。講師が子供の頃父親から受けた影響のお話をしました。父親の愛情です。私自身も父親の教えを思い出しながら投影しつつ、講師のお話を聴きました。普通のサラリーマンでしたが、また、太平洋戦争中は水兵としてアメリカ軍と戦い、足に被弾、銃創があり、父親は戦争の話は一切しませんでした。不快な、思い出したくない出来事だったのでしょう。可能な限り見聞を広げ、海外でも学び、知識を得て、仕事をしろ(学問、知恵で戦え)、というのが暗黙の教えでした。学んだものは奪われません。現金を持っていると盗まれます。(もっとも盗まれるような現金はありませんが)

大学3年生の時(1969年、昭和44年)、たまたまアメリカへの交換留学のお声がかかりました。授業料相当額の奨学金(当時2000ドル、1ドル360円で72万円:当時の大卒の初任給は2万円台、早稲田の年間授業料は15万円くらい)が支給されるとはいえ生活費、渡航費などの負担は大きな額でした。しかも24年前までは戦争で戦った相手国です。父親におそるおそる話すと、即「アメリカに行け」でした。旧敵国で、かつ、世界の指導者であるアメリカに行き大いに学べ、という方針でした。両親は、多くの親もそうだと思いますが、自らの生活を切り詰め、私の勉学の費用を工面してくれたことと思います。1年間の留学を終え帰国、その翌年1971年、次にスウェーデンでインテリア、1974年念願のフルブライト奨学金を得て再度アメリカ、テキサス州ヒューストンにあるライス大学(1970年オハイオ州の友人や教授たちがこれからは南部の時代だと助言がありました。当時の人口100万全米6位、現在200万人全米4位)に留学しました。

3度の留学で学んだ内容はそれこそ世界最先端の学問、知識で、また、多くの友人を得ました。実務に就いてから留学経験を評価いただき、留学で学んだ内容を武器に仕事をしました。スウェーデンで学んだオフィスランドスケープは20年くらい日本で理解されませんでした。そのくらいオフィス環境の快適化は日本で遅れていました。ライス大学で学んだ設計方法論(物事の進め方、クラスター分析)も10年くらい日本で理解されませんでした。ヒューストン市の都市計画(ノンゾーニング)の方法も未だに日本で理解されていません。1975年のニューヨーク市の財政破綻も日本の自治体財政の教訓として生かされていません。ニューヨーク市財政破綻をご存知の方は自治体関係者や政治家でもほとんどいないようです。

2000年頼まれ港区長に就任しました。元区長からの要請でした。3度の留学で学んだことを活かし、港区政を展開しよう、3度の留学で学んだことを武器に頑張ろうと決意しました。ところが、就任後2か月くらいして、私を後継者に引っ張り出した元区長氏から留学の話はするなと言われました。元区長氏は40年以上に亘り港区役所に勤務したことが仕事の武器です。私は行政経験、政治経験はありません。私の仕事の武器は留学で体験した異文化に溶け込む順応性と留学で体験、学んだ内容です。大使館が80もあり大使や外国人と英語を話し彼らと直接コミュニケーションを取れることは大いに役立ちました。私自身大使らに港区を大いにPRし、日本に進出する企業があるなら是非港区に立地してくださいと直接誘致活動をしました。「国際都市港区」、また、港区役所は「異文化理解」を標榜しています。実態は、英語を話す幹部はゼロ、異文化理解は以上のような事情で幹部の口先だけでした。しかも、区長職後半には区長を支えるべき政策経営部長N氏から留学の体験を話するなと言われたのは驚きでした。嫉妬、ヤッカミの世界でしょう。私の人生そのもの、私の父親の教育方針を侮辱することです。

静岡市立美術館視察、オバリン大学エインズワースコレクション(浮世絵)展

7月下旬静岡市立美術館を視察しました。駅前の約10階建てのビルの3階に立地しています。駅前で夜の7時まで開館。便利です。ホールの天井高さ6mあります。サインデザインもすばらしいです。展示は、アメリカ、オハイオ州オバリン大学美術館のエインズワース・コレクション(浮世絵)の展示です。オバリン大学を卒業したエインズワース女史は日露戦争後の時期に来日、浮世絵を収集、持ち帰りました。当時、女性一人で(実際に一人かはわかりませんが)来日した勇気に敬意を払いたいです。(内向きと言われる日本人はエインズワース女史の行動力を学ぶべきです)母校のオバリン大学に寄贈、オバリン大学の美術館に収蔵・展示されています。オバリン大学はアメリカのプレスビテリアン(長老派教会)系の大学です。早稲田大学の姉妹校で、私が早稲田の交換留学で学んだウースター市と30キロ程度の距離です。(アメリカでは隣町と言えます)人口約1万人、学生数2000人です。有名人ではライシャワー(元駐日アメリカ大使)が卒業生です。

話は飛びますが、日本で地方都市から若者、特に女性が東京に移住し、自治体も、地方の大学も困ったと騒ぎ、東京を非難し、挙句の果てに地方救済と称し、政府は東京での大学立地を10年間禁止しました。ばかげた施策です。人の意志を無視した共産主義的政策です。アメリカではオバリン市は人口1万人の農村部にある自治体です。オバリン大学はアメリカ中から、また、世界から留学生が学んでいます。そして世界的レベルといってよい浮世絵コレクションを持っています。地方都市の首長さん、地方の大学の学長さん、アメリカやヨーロッパの地方の小都市の自治体やこうした小都市に立地している大学の経営方法を学ぶべきです。