カテゴリー別アーカイブ: 建築設計

建築文化財の価値を理解できない港区幹部

週刊新潮10月24日MONEY欄にホテルオークラ「栄華の跡」というコラムがありました。その2月前その対象である「蔵春閣」の文化財建築について勉強したばかりでした。また、港区政に関わる内容でしたので、関心持ち読みました。所有者が港区のホテルオークラに移築しようとしたら港区役所から断られた、という記事です。「蔵春閣」は文化財としての価値が大変高い近代建築遺産です。

私は港区長時代(2000年から2004年)、港区には260の寺社があり、神社総代会、お寺の檀家総会の新年会や総会で「港区は建築物の80%以上が耐火建築で、燃えにくい街になっていますから、寺社の建替えは是非木造でお願いします。木造の伝統建築を大切にしてください。」「建築確認済証は建築指導主事である建築課長が発行しますが、建築基準法の特例は区長の責任ですので、私が文化財の価値有りと判断したら、私が木造の寺社建築を許可します。」と挨拶しました。国宝の木造の寺社も、放水銃やスプリンクラーで十分防火対応できます。港区は全域「防火地域」がかかっていますので100㎡を超える建築物は全て耐火建築にしなければなりません。(建築基準法61条)その例外、特例は区長が判断します。

 現在の港区長武井さんは私の区長時代の人事課長、2人の副区長はそれぞれ総務課長、人事研修担当課長で、建築や都市開発、技術分野、文化芸術分野は全くの素人。また、技術系の職員は文化芸術のことを理解せず単純に「法に照らして違反」というだけで、特例許可などの発想はありません。(できません)本件で、港区は文化政策の観点から政治判断すべきでした。そうした判断できる幹部がいないということです。それに尽きます。残念なことです。港区は大変重要な文化財をもらいそこないました。

弘前の伝統建築見学

先日、日本建築研究会という伝統建築を勉強する会(不肖私は副会長)で弘前市を訪問、市内の伝統建築の見学をしました。訪問先は盛秀園、盛美園、長勝寺、栄螺堂、弘前市立図書館、東奥義塾外人教師館、岩木山神社、高照神社、革秀寺、誓願寺、弘前城です。

弘前市は人口17万人、一般会計規模760億円です。金沢市と比較します。江戸時代、加賀百万石と称されました。弘前(津軽)藩は10万石。金沢市の人口は46万人。財政規模は1721億円。金沢城、兼六園はある資料によると約40ヘクタール、弘前城は約40ヘクタール。市の人口、財政規模、江戸時代の石高でみると弘前は金沢より小規模ですが、伝統建築の量、質で見ると、すばらしい歴史遺産が存在します。コーヒー店発生の地でもあります。盛美園は1階が和風数寄屋、2階は洋館、大福もちの上にケーキが乗っているようなスタイル(この表現は仲間のTさんのコメント)。2階の方が大きく、構造的にどのように2階が支えられているのか不思議です。大きな仏壇が安置されている部屋(法堂)があります。装飾金で、クジャクの装飾は国宝級と言ってよいと思います。清藤邸の住宅、庭園(築山、中島)も見事です。現在のご当主に説明を頂きましたが、家訓の一つに「家の財産は社会からの預かり物と思え、自分のものと思うな」というのがあり、同感でした。最勝寺は市内寺町にあります。33の曹洞宗のお寺が集中立地し、その筆頭格の寺です。2階建ての黒門がありますが、通し柱かどうかで議論しました。結論は通し柱です。本堂は藩主をお祭りする空間です。

栄螺堂は八角堂で、災害で亡くなった方をお祀る堂です。会津若松に栄螺堂がありますが、それを小規模にした感じです。緩い階段を上り、登り切ったところから一直線の急な階段で1階に戻る動線です。岩木山神社は300メートルの直線状の園路の先に配置されています。柱に金の竜の彫刻が巻き付いています。中門、拝殿はもともとお寺の作りです。革秀寺の本堂は茅葺き屋根の民家風の造りです。 誓願寺の山門は、一般的な平入でなく、妻側が正面に向いている特殊なデザインです。建立した際の住職が遊び心があったのか、それから当時の大工が遊び心があったのか。デザイン心の高い、技術的に質の高い伝統建築が集中しており、建築を堪能しました。

あっ、便(検体)が流れて行く

毎年人間ドッグで定期検査を受けます。検便もあります。便(検体)を採取するためトイレでの変な体験です。建築設備が進歩し、あるトイレでは、入ると自動的に便座がパカッと上がります。用が終り、立ち上がると、自動的に水が流されます。あっ!貴重な検体が流れてしまった!さー大変、次の採取可能日は最短でも1日後。建築設備もあまり便利になり過ぎると、こうした困ったことも生じます。ワープロの作業で、特殊な字の場合、コンピューターが勝手に判断し、ある文字を入力しようとすると、私の意図と異なる文字が現れ、自分の意図した漢字が打てずどうしようもないことがあります。

ワープロの作業で、特殊な字の場合、コンピューターが勝手に判断し、ある文字を入力しようとすると、私の意図と異なる文字が現れ、自分の意図した漢字が打てずどうしようもないことがあります。

アメリカ建築家協会による毎年の建築デザイン表彰、審査員は建築家

アメリカ建築家協会が発行するArchitecture誌を購読。インターネットで読んでいます。記事の中で楽しみの一つは毎年開催する優秀建築構想デザイン表彰です。今回は66回。審査員の構成で気になることがあります。審査会というと日本ではほとんど大学教授が占めます。大学教授の権威を活用。未だに明治時代の発想です。また、公正と思われています。日本の大学教授の多くは建築事務所を経営し、いわゆる設計業者でもあります。本当に大学で授業をしているのか疑わしいのが現実です。

アメリカ建築家協会のデザイン審査はほとんどがいわゆる「建築家」。今年も大学教授はいません。民間の建築家の方が、実務に明るいと、また、お互いに審査し、切磋琢磨しています。

権威主義で失敗した例が新国立競技場の設計競技でした。審査委員長は著名は東大名誉教授の建築家安藤氏。最優秀に選んだ案は予定工事費の倍。ただ、かっこよければであれば、小学生でも審査員は務まります。記者会見で安藤氏は「自分は工事費のことは分らない」と開き直っていました。無責任な発言です。であれば、審査会で「施工費検討小委員会」を設置し、各案ごと施工費が予算内かチェックすべきでした。大学教授や超有名人を審査員に並べれば多くの方を黙らせることができる、権威があると考えた発注者にも大きな問題があります。

アメリカ建築家協会の審査のような本当に実力がある方を審査員にする方式を採用すべきでしょう。

新潟県内の伝統建築を視察。素晴しい建築遺産。

日本の伝統建築を勉強する日本建築研究会という会があります。私は35年の会員歴です。毎年地方の国宝を中心に視察会を開催します。今年の11月は新潟県内の著名な伝統建築を視察しました。そこで感じたのは本当の豊かさでした。東京は首都であり所謂現代建築が乱立しています。しかし、文化遺産という観点からすると新潟県がはるかに優れていると感じました。

視察先は弥彦神社、旧笹川家住宅、旧新潟税関庁舎、新発田城、北方文化博物館(旧伊藤家住宅)、鍋茶屋です。それぞれの建築の概要、価値についてはインターネットで調べられます。感じたことは、江戸後期、明治、大正時代に立派な建築を創る資産を持つ発注者がいたこと、すばらしい建築を創り出す大工、職人集団がいたこと、中に、すばらしいデザインをする能力、デザインのユーモアを持つ大工がいたことなどです。北方博物館(旧伊藤家)には三角形の茶室があります。恐らく日本で唯一と思います。前例のないことするなとバカなお説教をする愚かな部長が港区にいましたが、新しいことに挑戦することも大切です。

北方博物館(旧伊藤家)は豪邸ですから、戦後、駐留軍の接収対象になりました。その時伊藤邸を視察に来た米軍の将校が伊藤さんに接収の命令を伝えた際、伊藤さんが流暢な英語を話すので米軍将校は「どこで英語を習ったのか?」と尋ねたところ「ペンシルベニア大学ウォートンスクール(ビジネススクール大学院):トランプ大統領も卒業生)と答えました。米軍将校は驚き「自分もペンシルベニア大学のウォートンスクール卒です。ミスター・イトウは私の先輩です。失礼しました。接収はしません。立派な住宅ですから博物館にでもして保存されてはいかがでしょうか」と会話が弾みました。接収は免れ、米軍将校の助言で今日あるように博物館として伊藤家住宅は保存されています。ぜひ訪ねてみてください。素晴しい建材、すばらしいデザインです。留学の同窓で占領相手から親切にされた例です。

海外留学は大切です。人と人のつながりは大切です。海外留学の価値が分らない、理解しようとしない、自分に関係ないと思っていた、また、海外留学した人間に対し異文化人間として毛嫌いした元港区長S氏やその片割れのN部長に聞かせたいエピソードです。

 

ハンガリー、ブダペスト市で都市開発、経済開発の国際会議

2018年10月16日(火)、17日(水)、ハンガリーの首都ブダペストで経済開発、都市開発、ビジネスモデルに関する国際会議が開催されました。主催はアメリカ、ニュージャージ州のジャージー市のニュージャージー市立大学とハンガリーの関係団体です。私は先月、ジャージー市を訪問した際、実行委員長である教授と学長(女性、ヘンダーソン女史)からブダペストの国際会議に招聘されました。立ち位置が、日本人、前港区長、建築・都市設計の専門家ということでユニークだという理由です。

順に報告をメモします。まず全体像です。ハンガリーは人口1000万人。ブダペスト市は人口200万人。EUの中で順調な経済発展をし、ブダペスト市はEUの中で重要な位置づけの大都市です。

大学、民間企業、政界、専門家(弁護士、エンジニア)から50人程度のパネリストの参加がありました。私の参加は急だったので、最後のコメンテーターを依頼されました。①大学関係者からの報告は、理論、②民間企業の方からは、実践事例、③政界の方からは、政策、規則作りは政治の役割、④専門家の方からは事業を進める際に専門家の助言が必要、と言った発表がありました。その他、ハンガリー政府の司法省の幹部が発表し、ハンガリーでの事業する際の法律の仕組み、また、ハンガリー中央銀行の理事が発表、ハンガリーの経済情勢について説明がありました。こうした会議に政府高官の出席は日本ではあまり聞きません。

ブダペストの建築、都市は、ハンガリー帝国の時の遺産で、壮大、美しい建築と街並みです。インフラ整備、維持管理が適切にされ、歩いた限りではゴミが散らかっていません。ホームレスもほとんど目立ちません。安全な街という印象です。火曜日の夜、参加者全員がダニューブ川のクルーズで食事をしましたが、両岸の建築はライトアップされ、大変美しい景観でした。

様々な分野、立場の方が参加しましたが、会議ではフラットな関係で率直な意見交換をしていました。会議ではこれが大切なことです。

会議場は1日目は、法律大学院の講堂。19世紀の美し建築です。石造り、大理石の仕上げのインテリア、2層の高い天井に圧倒されます。法律大学院がスポンサーの一人です。2日目の会場はIBMブダペスト支店の講堂。古い建物をリフォームしたオフィスです。IBMも会議のスポンサーの一人です。

会議の前日の月曜日は名刺交換のレセプションで、スポンサーの一人の大手法律事務所の受付ホールで開催。挨拶に立った代表弁護士は女性、多くのスタッフの弁護士は女性で、ホステス役を務めました。その後場所をハンガリー料理にレストランに移動し、夕食会。6人掛けのテーブルが7つ。指定席で、私の席は、ニュージャージー大学の女性学長とブダペストの法律大学院の教授(女性)、駐ハンガリー、アメリカ大使館の通商担当書記官(女性)、ハンガリーのIBM幹部などでした。法律大学院の女性教授の話では、女子学生が半数以上在籍し、女子学生は優秀で、弁護士試験にも女性が多く合格しているそうです。女子学生を差別したどこぞの医科大学のアホバカ理事長や学長(普段は俺は医者だ、理事長だと威張っていたのでしょう、要は、肩書で人を見てはいけないという実例です)に聞かせたい事実です。

女性の社会進出という点で気づいたこと。入国すると、入国審査を受けます。4つのブースが稼働中で4人の審査官が担当していましたが、すべて女性でした。右側に拳銃、左側に警棒を持ち、制服、制帽姿はなにか日本のコスプレを見ているような雰囲気でした。

ニュージャージ州の元副知事(女性、弁護士)、ニュージャージー州の上院議員(若く、ハーヴァードで2つの学位、タフツ大学のフレッチャースクール(外交防衛の専門大学院で、日本から毎年外務省、防衛省の若手官僚が留学しています)卒の立派な経歴、噂で、次の州知事選挙に出馬するそうです)、州議会の下院議長(女性)など政界からも参加し、立派なプレゼンをしました。

日本での会議に参考になります。後日、続きの報告をします。

 

 

 

ニューヨーク出張で多くの女性に面会、女性がどこにもいる社会

9月1日から9月7日までニューヨークを訪問、多くの方と面会しました。その多くが女性でした。女性がどこでにでも社会参画しています。

9月3日夕方、WXYという設計事務所を訪問。レイバーデイという祭日ですが仕事中。3人のパートナーの頭文字が事務所名です。ニューヨーク市内を中心に公共空間のデザインや建築のデザインをしている事務所です。デザイナーが多いSOHOに事務所があります。フルブライト奨学金で留学中の後輩の紹介。所長に面会。クレア女史。イェール大学大学院卒。30人くらいの設計事務所。彼女のデザインについてプレゼンをいただき、デザイン論、ニューヨーク市の開発状況についてレクをいただき、意見交換しました。

その前に13時にニューヨークで不動産業をしている日本人女性に面会、最近のニューヨークの不動産状況についてレクをいただきました。ニューヨーク大学大学院で不動産学を勉強された方です。

4日(火)、元ニューヨーク・ニュージャージー港湾庁開発本部長氏に、マンハッタンの西側ハドソン川を挟んだニュージャージー州のジャージー市役所に案内されました。住宅開発・経済開発部の幹部等数人と面会、意見交換。その中に女性市議会議員がいました。また、その会議室を使い電話でジャージー市立大学学長と電話で意見交換。学長は女性です。

5日(水)ニューヨークフィルの女性楽団員に面会。ニューヨークにある世界的音楽大学のジュリアード音楽院卒。彼女の主催で夕食に招待されました。そこにニューヨークフィルの管理部門幹部が出席。女性でした。

多くの方と面会し、最近のニューヨーク事情について教えていただき、意見交換をしましたが、その多くが女性。つまり、社会に女性が多く、普通に仕事をしているということです。東京では女性が責任者として多く働くという状況でありません。

この数年、イスラム国家であるトルコの大学(国立)に招聘いただきました。学長は女性、建築学部長は女性、法学部長は女性、海洋学部長は女性。建築学部の教授陣に多くの女性。学生の半数は女性。全学で5万人の学生、内、半数が女子学生。

去る5月、客員教授を務めるブルガリアの国際建築アカデミーの大会に参加。事務局長は博士号を持つ女性建築家。講演者の半数は女性建築家。

女性の働き方を見ると、東京(日本)にいると見たままですが、外国からみると、女性が少ない東京の社会が異常です。その異常を異常と気遣いないことが異常です。

ニューヨーク市視察、世界ナンバーワンの都市

9月1日(土)朝羽田を出発、ニューヨークを訪問しました。単身、取材です。正味5日の滞在。多くの方に面会しました。1990年殺人事件の犠牲者が2245人。その後、治安対策、観光政策、都市開発、文化芸術政策などでニューヨークは間違いなく世界ナンバーワンの都市になったと言えます。東京都も国もニューヨーク市の都市政策を学び、実行すべきです。

世界中から多くの観光客が集まり、にぎわっています。多くの美術館、劇場などに観光客が訪問しています。市税収入は莫大です。

元、ニューヨーク・ニュージャージー港湾庁の開発本部長に面会、ニューヨーク市内で素敵な公共空間のデザインをしている設計事務所の所長に面会、不動産業者に面会、ニューヨークフィルの幹部(運営部門の幹部とフルート奏者の2人)に面会。マンハッタンの西側にハドソン川が流れていますが、対岸はニュージャージー州。その代表的都市で、マンハッタンへの住宅都市でもあるジャージー市役所を訪問、住宅開発、経済開発の幹部と市議会議員に面会。ジャージー市は以前は工業都市、衰退しましたが、教育、文化、芸術、住宅都市として復興しています。ジャージー市立大学学長(女性)と電話会談しました。多くの美術館や劇場など訪問しました。

暑い5日間ですが、歩き回り、帰国後体重を測定したら4キロ減っていました。毎日2万5千歩歩きました。都議や国会議員の視察も、体重を減らすくらいの行動を期待します。おいしいもの食べ、のんびり過ごし、体重が増えるような視察はノーです。

後日、個別の見どころ、課題について書き留めます。乞うご期待。

1971年、フィンランド、ユヴァスキュラ警察署見学、留置場まで見学

1971年7月スウェーデンに留学した際、夏季休暇を利用し隣国のフィンランドに渡り大好きなアルヴァー・アアルトの建築を見て歩きました。ユヴァスキュラ市に到着、アアルトがデザインしたユヴァスキュラ大学のデザイン、キャンパスプランニングを見学しました。タイルの使い方、天井のデザイン、屋根を支える木造のトラス工法、照明デザイン、クール・温かいインテリアの色使いなど感激しました。さらにアアルトがデザインしたユヴァスキュラ警察署を訪問しました。デザインはユヴァスキュラ大学含めたアアルトのデザインそのもの。入り口に入り、受付で「日本から来た建築の学生ですが見学させていただきたい」と英語で挨拶。たまたま夜勤明けの警察官が「どうぞ」と快く即OK。(上司に了解得なくてよいのかなと不安に思いましたが)かつ、その警察官が中を案内してくれることになりました。地下室にある留置場も案内してくれました。アアルトの得意な白のインテリアでした。酔っ払いが1人留置場の床で寝ていました。後の留置室は空っぽ。その程度の安全なフィンランドの町と思いました。このような素敵なインテリアなら私も一泊ぐらいさせていただいてもよいかと思いました。今日のようなテロの不安な時代は見学は難しいと思います。しかし、フィンランド警察官の弾力的な判断、親切に感謝です。

 

長野冬季オリンピックの聖火台(菊竹清文氏デザイン)、IOCミュージアムに永久設置

先日、環境・情報彫刻家菊竹清文氏と会い、お話を伺いました。1998年氏がデザインした長野オリンピックの聖火台がスイスのローザンヌのIOC(国際オリンピック委員会)の博物館に永久保存されることになったそうです。素晴しいお話です。本来、長野かあるいは東京オリンピック大会を前に東京に永久保存してくれるとよかったのではと感じました。

さすが、IOCの決定、IOC博物館の考え方、遺産の保全方法が日本人の発想と異なる、あるいは、芸術文化遺産に対する考え方が異なると思いました。

ローザンヌを訪問する機会がありましたら、是非、IOCオリンピックミュージアムにお立ち寄りください。