カテゴリー別アーカイブ: 建築設計

1971年、フィンランド、ユヴァスキュラ警察署見学、留置場まで見学

1971年7月スウェーデンに留学した際、夏季休暇を利用し隣国のフィンランドに渡り大好きなアルヴァー・アアルトの建築を見て歩きました。ユヴァスキュラ市に到着、アアルトがデザインしたユヴァスキュラ大学のデザイン、キャンパスプランニングを見学しました。タイルの使い方、天井のデザイン、屋根を支える木造のトラス工法、照明デザイン、クール・温かいインテリアの色使いなど感激しました。さらにアアルトがデザインしたユヴァスキュラ警察署を訪問しました。デザインはユヴァスキュラ大学含めたアアルトのデザインそのもの。入り口に入り、受付で「日本から来た建築の学生ですが見学させていただきたい」と英語で挨拶。たまたま夜勤明けの警察官が「どうぞ」と快く即OK。(上司に了解得なくてよいのかなと不安に思いましたが)かつ、その警察官が中を案内してくれることになりました。地下室にある留置場も案内してくれました。アアルトの得意な白のインテリアでした。酔っ払いが1人留置場の床で寝ていました。後の留置室は空っぽ。その程度の安全なフィンランドの町と思いました。このような素敵なインテリアなら私も一泊ぐらいさせていただいてもよいかと思いました。今日のようなテロの不安な時代は見学は難しいと思います。しかし、フィンランド警察官の弾力的な判断、親切に感謝です。

 

長野冬季オリンピックの聖火台(菊竹清文氏デザイン)、IOCミュージアムに永久設置

先日、環境・情報彫刻家菊竹清文氏と会い、お話を伺いました。1998年氏がデザインした長野オリンピックの聖火台がスイスのローザンヌのIOC(国際オリンピック委員会)の博物館に永久保存されることになったそうです。素晴しいお話です。本来、長野かあるいは東京オリンピック大会を前に東京に永久保存してくれるとよかったのではと感じました。

さすが、IOCの決定、IOC博物館の考え方、遺産の保全方法が日本人の発想と異なる、あるいは、芸術文化遺産に対する考え方が異なると思いました。

ローザンヌを訪問する機会がありましたら、是非、IOCオリンピックミュージアムにお立ち寄りください。

 

トイレ、各国の違い、ブルガリアとイタリア

5月中旬、トルコのイスタンブール経由(空港はハブ空港で24時間営業、ターミナル内は大型ショッピングセンター)でブルガリアのソフィア、イタリアのローマを訪問しました。ブルガリアは1994年来訪問。メインの会場はソフィア工科大学です。トイレ(男性しかわかりませんが)は日本の旧来型和式の便器。しゃがんでするタイプです。大学で、予算もないのでしょう。改善もなく、ずーっと同じトイレです。和式トイレと異なり、反対向きにしゃがむようです。他人の用足し中を見たことがありませんので正確には分りません。ソフィアであてがわれたホテルは4つ星、COOPという名前のホテルです。以前は労働者の集会所か何かだったと思いますが、コンバージョンし、会議場を持つホテルとなったようです。部屋に入り、用足しをしようとバスルームに入り、便器を見ました。陶器製の便器の縁部分の奥に、直径10mm位の金属がついており、それこそ、隠しカメラのレンズの様。10㎝位離れたところの壁に10㎝位の棒がついています。最初は何か分りませんでしたが、棒をひっぱたらその金属の穴から清浄用の水が勢いよく吹き出しました。一部体に当たり、濡れてしまいました。ノズルが自動的に出てくる日本のシャワートイレとは異なる形式のシャワートイレであると悟りました。メーカー名を調べ忘れました。

イタリアは他のヨーロッパの国と同じでしょう。用便器の隣に、ビデが設置され、女性が必要に応じて利用するのでしょう。

イスタンブール、ソフィア、ローマの空港内のトイレは位置と数が十分に設置されていると思いました。特にローマ空港内のトイレは、木の仕上げとインテリア緑化をし清潔感あふれ木の香りがする良いデザインでした。

日本のシャワートイレが世界で技術的に最も進んでいると思います。

ソフィアの環境政策

10年ほど前ブルガリアはEUに加盟しました。EUから様々政策の指導、助言を受けます。街中にきれいなゴミ箱(漫画のキャラクターが描かれています)が分別で3台異なるデザインで並んで設置されています。友人の説明です。「EUからの指令で分別収集をしろとのことで3台設置しているが、ほとんど実行されていない。面白いのは、資源ゴミなどはジプシーがゴミ箱をあさり、使える物は皆持って行ってくれるので特殊なリサイクル方法が政策でなく生活の必要性から、され、それなりに機能しています」とのことです。(ジプシーという言葉は、日本では差別用語とみなされている場合がありますが、ハンガリーにジプシー楽団という音楽グループがあり、東京のハンガリー大使館が主催でジプシー音楽の紹介、宣伝をしています)港区(他の区も同じでしょうが)の清掃収集はうまく機能していると思います。

また、建築の断熱もEUの指導で実施されているとのことですが、制度がうまく機能せず、断熱保全工事が適切に進んでいないとのことです。たまたま通りがかった建物で断熱工事をしている現場がありました。数秒ですが見ました。友人の説明ではEUの基準通りにされていない恐れがあるとのことです。

 

ブルガリアの観光、訪問時の視点、「歴史」

ブルガリア、ソフィアを訪問した際、友人から聞いた話です。ブルガリアというと5月は特にバラ祭りが地方都市で開催され、観光的ににぎわいます。また、ブルガリアというとヨーグルトが有名です。氏の説明によると、「確かに一部であるがブルガリアの本質でなく、ブルガリアを理解するためには「歴史」(ローマ時代から現在まで)を理解することが大切で、観光的にも「歴史」を売りにしたらよいのではないか」とのこと。確かにソフィアの街中に2000年前近くの遺跡が多く存在しています。時代を反映した宗教建築が多く存在しています。一部にイタリア人建築家の支援で地下遺跡を保全し、入り口をガラスでデザインされた歴史博物館(小規模ですが)必見です。そのデザインは国際建築アカデミーの新たな会長に就任したアメデオ・スキアッテレーラ氏の助言、デザインです。その前に市役所があります。中心市街地の地下鉄セルディカ駅に隣接し遺跡の発掘が行われ、一部展示がされています。

ブルガリア国際建築アカデミー参加者の国籍、個人レベルでは皆お友達

ブルガリア国際建築アカデミーに1994年以来参加し、参加者の国籍は様々です。場所柄ヨーロッパ勢が多いですが、アジア、南米、オーストラリアなどからの参加者がいます。1990年代内戦のあった旧ユーゴスラビア、現在はセルビア、モンテネグロ、スロベニア、マケドニア、コソボ、クロアチアなどに分離していますが、それぞれの国の参加者はそうした国家レベルの争いを棚に上げ、仲良く建築デザインの交流をします。今回もセルビアから2人の参加者がいます。一人の方はセルビア国内では少数派に属し、生活に一定の苦労があるようですが、議論に熱心に参加しています。トルコとギリシャもキプロス問題で政府間はいがみ合っていますが、建築家同士は仲良しです。文化、芸術、学術、スポーツなど通した草の根の交流が必要です。

私は内戦終結後の1997年、セルビアのベルグラードの建築家の大会に招かれ、パネル展示をし、建築家協会長のご案内で、若い建築家と意見交換しました。建築はいわゆる平和の時代に建造されますから、建築家は平和主義です。セルビアの建築家も内戦を大変悔やんでおりました。

ブルガリアの国際建築アカデミー、海外での建築家の仕事獲得方法、コンペが主流

ブルガリア、ソフィアで国際建築アカデミーの大会で各国の建築家の報告(デザイン論)を講演で聴いています。その内容が最も知りたい、学びたい内容ですが、もう一つ重要なことは建築家がどのように仕事を取ったかです。講演内容、資料によると、ほとんどがコンペです。コンペが当然という考えです。

日本では、ほとんど入札。入札書を届け、一斉開封で最も安い入札額を提示した設計事務所、コンサルタント事務所が仕事を得ます。手続きが簡単だからという理由です。仕事の質、担当者の質、経歴、人柄などは全く審査の対象外。本来はそれが最も重要なことです。しかも、

「原田敬美のブログ」でも書きましたが、大手設計事務所だから任せて安心ではありません。問題となった豊洲市場は大手の設計事務所が担当、しかし、まともな議事録が作成されていなかったことが明らかになりました。

港区では予定価格の1/4で落札したエレベーターメンテナンス会社(私の事務所と同じSECという会社だから癪に障りますが)が不適切なメンテナンスをし、住民が亡くなる事故がありました。港区はエレベーター新規採用とメンテナンスで入札を止めました。(契約手続きや技術力の判断力を分らない幹部の責任です)

コンペは発注条件を作成し、審査員を選び(日本では数少ないコンペで、著名な教授とか権威に頼る傾向があります。その他の審査でも)、審査をし、発表するという手順に時間がかかります。しかし、良い質の作品、成果が生まれます。特に国際コンペとなると英文の資料を作成したりなど面倒くさいとしてほとんど国際コンペもしません。自治体の営繕部門、契約部門から相談があればいつでも助言申し上げます。

社会的話題となった新国立競技場のコンペも上記のような失敗がありました。欧米はコンペは比較的オープンで誰でも参加できる傾向にあります。私もいくつか参加したことがあります。

中国人建築家(周氏)は北京の人民日報本社の設計者。コンペで入賞し、デザインをし、損の経験を講演しました。例えて言うと、朝日新聞、読売新聞、日経新聞など建築家選定で公開コンペをしませんでした。これまでのお付き合いのあったいわば系列の建設会社に発注しました。建築家が主導するという欧米の当たり前のデザイン行為が日本でされていないのは残念です。欧米、中国と比べ、日本の建築家の政治力のなさ、意識のなさ、組織力のなさが原因です。

「原田敬美のブログ」で友人の病院の工事で追加請求書が出され、1億円の追加が、私がチェックし、1850万円!!!に減額したことを紹介しました。マンションの大規模修繕でも同様のことがありました。

港区長時代も施工会社がつるんでいると思われる公共工事で1割も高い積算書が出され、区長である私が自らチェックし1割減額させた事例があります。真面目な建築家が厳しく積算書を作成、チェックする必要があります。設計施工は発注者にとり楽な方法かもしれませんが、施工内容、積算内容をチェックする体制を作らないととんでもない買い物になります。

世界の著名建築でコンペの事例を改めてご紹介します。

 

国際建築アカデミー大会出席、ブルガリア、ソフィア

5月13日日曜日からブルガリア、ソフィアに本部がある国際建築アカデミーの大会に出席しました。会長はゲオルギ・ストイロフ氏。元UIA(国際建築家協会長)、元ソフィア市長。世界各地からその国を代表する建築家、若手建築家が参加しました。また、パネル展示で世界中から200点近いパネルが展示されています。今回イタリア人建築家のパネル展示が多いです。また、経済発展が盛んなベトナムからのパネル展示もありました。最終日、パネルに対し表彰式があります。

ホテルと幹部会会議場はCOOPホテル。(日本だと生協ホテルと訳をしてしまいそうですが)講演会とパネル展示はソフィア工科大学。日曜日10時から幹部会に出席。私は客員教授で幹部会メンバーでありませんので、陪席という形で議論を聞きました。これまでの活動報告、幹部会候補者の審議、教授就任の審議など真剣な議論がされました。民主的な議論でした。

私事ですが、議事次第を見て、私がAcademic Council(評議員とでも訳せると思います)のメンバー候補者に掲載されているのに驚きました。委員長は2人、イタリア人のスキアッタレーラ氏、ロシア人のボコフ氏、副委員長にマルタのイングランド氏(1977年セルビアの建築家協会のイベントに出席し一緒しました)、評議員にドイツのヘルツォーク氏、メキシコ人のセラーノ氏、アメリカのジョンソン氏、名誉委員長に国際建築アカデミーの会長のストイロフ氏。渉外担当の委員にイタリアのクッチ氏。今後の国際建築アカデミーの活動方針について審議、方針を決める役割です。心してお役にたてるよう尽力したいと思います。

国際建築アカデミーは今から40年前、ストイロフ氏の提唱で、各国を指導する建築家が発起人になり組織されました。日本からの発起人は私の実務の指導者の菊竹清訓氏、丹下健三氏などです。

ストイロフ氏は89歳、お元気です。秘書役を務めていたミルカ女史もお元気。現在は秘書役は若手建築家のマリーナ女史。博士号(スポーツ施設の研究)を持ち、いくつかの海外で修行した経歴の方です。面倒な事務局業務を精力的に笑顔でこなしています。

毎回ですが、空港には学生、若手建築家が出迎えに来てくれます。今回はソフィア工科大学の3年生、ツヴェタン君がボランティアで迎えに来てくれ、ホテルにタクシーで案内してくれました。彼の卒業後の夢を聴くと、大学院に進学し、または、海外留学したいと話してくれました。また、3日間で世界中の建築家の講演を聴けるのは貴重な機会なので楽しみにしていると語っていました。(日本の若手も参加するとよいのですが)

ブルガリアはGDPが日本の1%。人口は700万。こうした小国で国際機関が機能し、多くの建築家が集まり議論する役割を担っていることは日本の国際化、観光政策にも参考になります。正直、私の体験に意識を持って聞いてくださる方(日本の建築家、政治、行政分野も)は限られています。

箱根湖尻アートビレッジ、視察。

2年先輩の建築家山崎一彦さんからご案内をいただき、氏が手掛けた箱根湖尻アートビレッジの見学と音楽などのアートのイベントに出席しました。若いアーティストのイベントに感激しました。井崎瑛惠のチェロ、井崎友里惠のピアノ、寺沢希美のヴァイオリン、シャンのバルーン(風船)アート(世界大会優勝者)、書家の美帆、剣舞の柴野えりこ、白鷹未地の各氏のパーフォーマンスです。

施設は広い敷地(6000㎡)に管理棟、店舗棟、ホール棟、茶室などが分散配置されています。ご案内状をいただいたとき、どこかのディベロパーが企画し、山崎さんに設計を依頼したと思いましたが、現地でご本人から伺ったお話で、ご本人が自ら土地を買い、若手アーティストの活動、たまり場として企画、設計、一部の工事を担当したとのことで驚かされました。木造の美しいフォルムの建物です。

箱根の芦ノ湖のそばで、ロープウェイの桃源台駅から徒歩5分の場所です。ぜひお出かけください。山崎さんのデザイン力、夢の実現力に敬意です。

平泉会(へいせん)展覧会、5月4日から上野の東京都美術館で開催、原田も出展

平泉会(へいせん)という美術家の展覧会が、5月4日から10日まで、上野の東京都美術館、2階第4展示室で開催されます。毎年恒例の展覧会です。主宰は会長の保坂良平氏。私は建築スケッチを2点出展しました。1つは「水戸市水道低区配水塔」、もう一つは「金沢市尾山神社神門」です。水戸市水道低区配水塔は1932年建設。設計者は後藤鶴松。水戸城三の丸北側にあり、近代建築遺産。高さ21.6m、直径11.2mの円筒形。真ん中の高さの位置ににバルコニーの回廊がせり出す様式。尾山神社は加賀藩前田家を祀る神社。神門は1875年棟梁津田吉之助の設計施工。儀洋風で中国風が混入した珍しいデザイン。最上階に色ガラス。当時は灯台の役割も果たしていました。50㎝×50㎝の大きさ。上野にお越しのついでがありましたら是非お立ち寄りください。毎年1月下旬が六本木の新国立美術館で開催、5月は上野の東京都美術館で開催です。私はそれぞれ2点づつ建築スケッチを出展しております。印象的な建築を思い出しながら、年間4点の製作は結構時間を要し、大変ですが、製作する喜びと最近ではボケ防止に役に立っております。