日別アーカイブ: 2016年9月12日

港区長秘話50、新橋福祉施設PFI(民活)プロポーザルの裏話

私の港区長時代、財政難で公共事業は基本的にゼロ。施設整備は進めなければなりませんので民活(PFI)で建設しました。新橋6丁目施設です。特養と障害者の生活施設です。建設費41億円です。事業者の選定は総合評価方式としました。公募制とし、全国の社会福祉法人に関心を持っていただきました。1次選考は書類選考、2次選考は責任者に対するヒアリングです。1次選考で22社(うち1社は辞退)から5,6社に絞り後は面接による合否判定です。公正に選考作業をすることを区長自ら指示しました。助役が審査委員長で、様々な専門分野の専門家を委員に委嘱しました。区の審査委員は関係部長です。毎回審査員の発言録を区長自ら確認しました。審査員が公正な発言をしているか。

困ったことが伝えられました。地元の有力者が元区長を理事長に担ぎ上げ、俄か法人P社を設立し、応募しました。N部長によると、その組織が提出した提案書の評価は低かったが武士の情けで一次審査を通過させることにしたとのことです。そのP法人の首謀者は一次審査に通過したことで、後は原田区長の政治力で自分の案が当選すると勝手に思ったようです。公正な審査の結果は提案が素晴らしかった某法人、つまり現在の施設運営をしている法人です。するとその方は「区長は利権屋で、地方都市を基盤とする社会福祉法人を選んだ」と事実と異なる理由で逆恨みしました。真面目に真剣に審査せよとの指示で逆恨みされるのですから。逆に以前はいい加減な審査があったのかもしれまないと感じました。

熊本被災地視察、早期の復興をお祈りします

9月7日熊本県の被災地を視察しました。仕事仲間H氏が熊本出身で、インタビュー相手を紹介してもらい、また、従兄がタクシー運転手なので1日チャーターしました。熊本市内に住んでいる元建設省官僚、元熊本県庁職員、地元経済人、まちづくり建築の専門家、元熊本大学教授(実は私の先輩)にヒアリングしました。また、地元の有力紙熊本日日新聞記者にもインタビューしました。

熊本は内閣府の想定で、東南海地震が発生した際の支援拠点と位置付けられ、大地震の確率の低い地域と指定されていました。台風や水害の訓練を相当重ねていますが、震災訓練はしていませんでした。震災が来るという意識はゼロだったそうです。震災対策が課題です。次に、前震(マグにチュード6.5)、本震(マグニチュード7.3)と大地震が何回も生じたことです。前震がおさまり、自宅に戻りどのように復旧しようかと考えている時に本震が生じ、それで被害が拡大しました。繰り返し地震にいかに対応するかが課題です。避難所の体育館などの天井材が崩落し、体育館が使えなくなりました。外の駐車場で避難生活を続けました。天井材などの非構造材の耐震化が課題です。リーダーがしっかりし、職員がしっかりしている地域、リーダーがしっかりしている町会は地震対応がしっかりしていたそうです。地域の人間関係の構築が課題です。

宇土市庁舎は破壊され、隣接地にプレファブの仮庁舎を建設し行政サービスを継続しています。震源地の益城町は庁舎は外観上問題ありませんが相当な被害を受け、庁舎は職員だけが仕事し一般町民は立ち入り禁止、隣接地にプレファブ庁舎を建て町民サービスをしています。益城町のある特定の地域の木造住宅は相当程度倒壊していました。あるラインで倒壊を免れた住宅地域があります。地盤の違いでしょうか。熊本のシンボルである熊本城は天守閣の瓦が崩落、棟木が露出していました。また、石垣の一部が崩落していました。

熊本の早い復興をお祈りするとともに、熊本被災の課題をきちんと検証し今後の震災対策に生かす必要があります。