月別アーカイブ: 2017年9月

ピアニスト田崎悦子さんの演奏とお話し

9月15日、港区南麻布にある個人の小ホール(5~60人程度)で田崎悦子さんの演奏会が開催されました。私の住まいのすぐそばです。こうしたホールがあることを知りませんでした。田崎悦子さんは、フルブライト交換留学同窓会の先輩であり、桐朋高校の先輩です。(私は男子部普通科卒)同窓会の先輩としてご指導いただいております。小さなホールでの演奏会ということで細かい表情、動きを見ることができました。また、通常の演奏会ではありえない語りを聞くことががらできました。

田崎さんは60年代初頭、桐朋高校音楽科を卒業しフルブライト奨学金をいただきニューヨークのジュリアード音楽院に留学しました。挑戦心豊かな前向きな方です。(こうした挑戦者がいることをフルブライト留学を毛嫌いした港区の元区長S氏や元部長N氏に知ってもらいたい)田崎さんの体験談。ジュリアードで楽譜に正確に演奏することを教わったそうです。また、夏休み地方の街で世界的巨匠と若手が合宿し、水平組織で自由に議論し合い、演奏の勉強ができたことが良かったと語っていました。こうした教育方法は日本の学術界では一般的にありません。

建築界では私の恩師、菊竹清訓氏が主要メンバーだった国際建築アカデミー(本部ブルガリア)が支援し「次世代建築家国際フォーラム」がほぼ毎年世界のどこかの都市で開催され、40歳以下の若手建築家が世界の巨匠建築家の下で合宿しながら自由討議し与えられた建築課題に挑戦するというプログラムがあります。私はその事務局長を務めました。)

面白いエピソードを聞きました。当時は東西冷戦時代。リストにあこがれ共産党政権下のハンガリーを訪問、リストの足跡を調べました。ハンガリーの秘密警察からアメリカから来た怪しげな日本人ということで監視され、一方、ハンガリーのアメリカ大使館員からもアメリカから来た怪しげな日本人女性(東側の諜報員とコンタクトするのでは)と疑われ監視されたそうです。また、ハンガリーの音楽家などと会話する際、当局から盗聴される恐れや家族、友人からの密告を恐れ「小声」で話したそうです。好き勝手に会話する私なら一発で拘留されそうです。そういう監視社会はご免こうむります。

田崎さんはリストを2曲演奏しました。一つは「ペトラルカのソネットNo123」男女の愛の曲。もう一つは「ハンガリア狂詩曲第8番」もの悲しいジプシーの歌と独特なハンガリー民族のリズムの曲です。

田崎さんのピアノ演奏と語りを楽しみました。

場所は南麻布セントレ・ホールです。時々、昼あるいは夜の演奏会を開催しているようです。1階はワインレストランです。

23区私大定員増認めず、文科省告示、閣議決定の愚策

8月12日文科省は都内23区にある私大の定員抑制を2018年から実施する方針を決めました。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部有識者会議が5月国に抜本策を求めたことによります。課題を列記します。

1 1980年初頭、旧国土庁が工場等立地制限法で23区内の大学立地を認めないことになり、一方、都心にあった大学が郊外に転出、その結果、学生から不評を買い、また、大学経営にマイナスの影響と与え、結果的に都心から大学の追い出しは失敗しました。

2 個人の意思や志向を法律で制限するのは、民主国家ではありません。旧共産国家は首都や大都市での人口流入を抑制するため、同じ国内でもヴィザを発給し、ヴィザを持たない国民が首都や大都市で生活することを厳しく制限し、不評でした。その結果共産国は崩壊しました。一部また残っていますが。

3 欧米の大学は、大学経営者の創意工夫で、学部学科の創設は大学の意志で決定、国(文科省に類する機関はありません)が箸の上げ下ろしまですることはありません。特にアメリカの大学、名門大学は国家の認可でなく、いわば私塾です。魅力ある教育、研究を実施することで世界中から優秀な学生が集まります。各大学で創意工夫し、学生が集まる努力をすればよいことです。私は欧米の大学で勉強しましたが、日本の大学は丁稚奉公、師匠と弟子のような関係の教育では、また、閉鎖的な学校運営です。世界から評価されません。それが分っていない日本の大学幹部、教員に問題があります。

4 私が20歳の時、交換留学で学んだ大学は中西部オハイオ州(大統領選挙で最初の選挙人の選挙が実施されることでスーパーチュウズデイのオハイオ州で有名)のウースターという人口2万人の市にあるThe College of Woosterです。全寮制、学生数は1500人。設立母体はアメリカの主流派の教会、長老派(Presbyterian)です。オハイオ州や周辺の州、あるいは、大都市から学生が集まります。4年間すばらしい自然環境、全寮制の環境で、一般教養を徹底し学ぶということで学生が集まります。4年間一般教養を学んだ後、就職、あるいは別の大学院に進学し、専門分野を学ぶ制度です。そうした地方の小都市に立地する大学が多くあります。日本の地方の大学がそれぞれ魅力ある授業、研究をし、地元のみならず大都市から学生を集める努力をすべきです。秋田の国際大学、新潟の国際大学などは英語中心の授業を実施しています。新潟県立大学もユニークな教育をしているようです。

5 アメリカの大学やヨーロッパの大学を見ると、大都市に多くの大学が立地していますが、一方で著名な大学が小さな地方都市に立地しています。コーネル大学は人口3万人イサカ市、ミシガン大学は人口10万人のアナーバー市。世界から留学生も集まります。それこそ、世界から学生が集まるような教育、研究をすればよいことです。学長の大学運営能力、教授陣の教育力、研究力の魅力が低いということです。同時に、地方の大学が立地する自治体の若者を引き付ける能力に課題があるということです。

6 アメリカにはコミュニティカレッジという短大レベルの公立(市立)の大学が各自治体に立地し、地域の人材供給に貢献しています。全米で約1000校あります。コミュニテイカレッジについては毎日新聞の論説記事(1978年と1980年、神戸市が発行する「都市政策」、旧自治省が発行する「地方自治」に1981年寄稿しましたのでご覧ください。

そうした状況を大都市東京が若者を奪っているというのは言いがかりです。地方の大学が立地する市長、県知事、学長がもっと知恵を出し、汗をかくべきです。結果的には首長や学長はノーアイデアということで、本来は辞表を出すべきです。

最近、現金をもらい職員採用に不正をした市役所、市長、数年前大分県でも教育長が教員採用試験で不正をし逮捕されましたが、そのレベルの市長、県知事、幹部職員がいるような地域は、自己保身のみの指導者では地域の活性化政策を検討することを望めません。数年前、福島県、和歌山県、宮崎県も知事が自己利益のため不正をし、逮捕されました。東京で大学立地制限をしても、そのような地域に意欲ある学生が学びに行きません。就職しようとも思いません。

安倍首相に期待しておりますが、この点については愚かな政策を閣議決定したと反対の気持ちです。人の気持ち(特に若者の気持ち)を法律で強制するのは、19世紀以前に逆戻りです。

 

 

福島県南会津町で開催の伝統療法カンファレンスに参加、

福島県、南会津町で開催された「伝統療法カンファレンス」に参加しました。外国人記者クラブが招待され、私は外国人記者クラブの顧問建築家を務めている関係で同行しました。伝統療法に携わる組織の指導者、腱引き療法の小口昭宣氏、操体の三浦寛氏、元総合格闘技の平直行氏等による施術のデモンストレーション、アドヴェンチャー・レーサーの田中陽希氏の講演、整形外科医の藤田徳人氏の講演、アルペンスキーの岡部哲也氏の講演など盛りだくさんのイベントです。主催の実行委員長は、会津高原ホテル社長星和明氏、南会津町役場が後援、町長大宅宗吉氏が開会の挨拶をしました。その他、東武鉄道、福島民友新聞、福島民報が後援者です。

2日間にわたるイベントに近隣、近県から多くの方が参加しました。私自身、マッサージ、整体治療を受けた経験がありますが、伝統療法という分野を学び、体験することができました「腱引き療法」は400年前頃生まれたそうです。戦に参加した武士がけがを負った際、至急の治療が必要で、筋肉の筋を一つ一つもみほぐすという治療法が開発され、秘伝、口伝として現在に至り、それを体系化、文書化した内容です。整形外科医(藤田先生)とのコラボ治療をしているそうです。

南会津町は風光明媚で「星に最も近い町」を標榜し町のPRを進めています。トマト、そば、酒など名産品があります。ソバ畑を見学しましたが、ちょうど花が咲き、美しい風景です。温泉も堪能しました。ホテルはスイスの山小屋風、ペンションも多く建っております。スキー場と一体で、雪質はパウダー状の上質な雪だそうです。浅草から東武線の特急リバティで約3時間。新幹線の旅に慣れている立場から、のんびり山の景色を見ながら鉄道の旅もすばらしいです。命の洗濯をさせていただきました。

1980年代に開発されたリゾート地です。今後は、海外への積極的なPR、老朽化した施設の改善、外国人観光客のため、到着便に合わせた空港とのシャトルバスの運行などが考えられます。一方で、歴史文化を保存し、海外の方に全く異なる環境を体験していただくのも重要です。

福島原発事故による風評被害で観光客が減少し、まちの活性化も重要な目的の一つです。町役場、実行委員、伝統療法の方々のご尽力に敬意を表します。また、参加したいと思います。

会津地域と言えば、集落保存で有名は大内村、サザエ堂(二重らせん階段)など訪れたい場所がたくさんあります。1990年代の初め、西会津町役場から依頼があり講演しました。