月別アーカイブ: 2017年11月

観光、夜の時間の使い方、柔らかな頭で東京都や国はしっかり方針を

10月31日(火)NHKクローズアップ現代で観光政策を取り上げていました。外国人にインタビューし、東京(日本)の観光で何が問題か質問したところ、食事でもカフェでも、イベントでも、夜過ごす場所がないと苦情に近い意見でした。先進国で最も安全な東京と言われる場所で、夜過ごせる場所がないことは残念です。東京都や国の役人にそうした発想がないのでしょう。

20歳の時アメリカで1年間留学生活し、その後、現在まで国際会議で多くの国を訪問します。ニューヨーク市やヨーロッパの主要都市ですと、夜の8時、9時からコンサートやミュージカルなどが始まり、深夜に終わり、その後、レストランやカフェでおしゃべりを楽しみます。ホテル、自宅に戻るのは2時、3時となります。

この3年毎年トルコの大学に招聘されます。大学の先生方が夕食に招いてくださり、その後、カフェ(トルコはお酒も自由です)でお茶、お酒を飲みながら、2時3時まで談笑。その後歩いてホテル、自宅に戻ります。(安全です)

1971年スウェーデン、ストックホルムに留学した際驚いたこと。80万都市ですが、地下鉄が深夜オールナイトで運行されていました。(深夜は1時間に1本程度だったと記憶しています)

ライフスタイルが変わり、世界中から観光客が訪れる時代になりました。東京含め日本の都市が夜の時間の使い方を真剣に考えなければなりません。ニューヨーク市は夜の時間を活用した経済対策を検討しています。一つは照明の演出による夜間の空間創造です。ニューヨーク市長室に夜の時間の活用、夜の演出による経済活性化の幹部職員を配置したと報道がありました。こうした取り組みで、社会、経済、文化の分野で大きな利益が生まれるだろうと言われています。役人は是非やわらかい頭でこうした政策を検討されたい。

港区エレベーター事故、今頃和解!?冷酷なトップ

11月7日の新聞報道で、平成18年発生した港区立住宅でのエレベーター事故で高校生が亡くなり、そのご遺族と港区役所との和解が成立したありました。驚きました。これまで港区役所(というより区長と言ったほうがよいでしょう)がご遺族に心からお詫びを伝えず裁判が継続していたことを知り驚きました。何ら落ち度のない将来ある若者が、港区が所有管理するエレベーターの事故で尊い命を失いました。ご遺族にとりさぞつらく、残念な思いでおられるか。原因は港区の保守管理の契約のでたらめさ、区長がそれに気が付かず、指導できなかったことにつきます。エレベーターの保守管理予算は年間400万円。ところがゲリラ的にメーカーでなくエレベーターの保守管理だけする会社が予算の1/4の額で入札、落札しました。生命、安全にかかわる機械のメンテナンス業務であるにもかかわらず手抜きの管理をし、悲惨な結果に至りました。これは警視庁の捜査結果にそうした趣旨が書かれています。

こうしたデタラメな契約をチェックできなかった発注部門、契約部門に大きな責任があります。また、そうしたデタラメ契約に目を光らすことができなかった区長はじめ最高幹部に最も責任があります。その後、エレベーターの取り換え工事では提案型で某メーカーのエレベーターを採用したと聞きました。私は区長時代、入札だと相手の能力、性能が分らないので、提案型、プロポーザル型の契約方式にしろと命じました。談合防止策にもなります。結果的には私の言ったことが正しかったということです。人の命が失われてから、私の提案を受け入れ愚かしいことです。

また、港区(長)の責任で人命が失われたのですから、直ちに謝罪、しかるべく慰謝料を払うべきでした。冷酷な区長と批判されても仕方ないと思います。民間同士の裁判なら相手の出方を見たり、相手が疲れ、あきらめるタイミングで交渉に入るという方法はあるかと思います。しかし、港区は原因者、また、役所です。ご遺族にとり、11年はあまりにも長すぎます。つらいことと思います。せめて少しでも早く謝罪し、慰謝料をお渡しする気持ちがなかったのは残念です。

 

 

 トランプ大統領訪日中継を見て感じたこと。

トランプ大統領が11月5日(日)午前10時半過ぎ横田基地に到着しました。たまたまNHKの中継を見ました。そこでいくつか気が付きました。トランプ大統領が専用機から降り、歓迎の人並を歩いている時のことです。一つ目。トランプ大統領の背後に2人の女性シークレットサービス(大統領護衛隊)がいました。女性参画はここまで進んでいます。なお、シークレットサービスは財務省の職員です。(ただし経歴は元海兵隊員などです)日本は警視庁護衛課が要人警護に当たりますが、アメリカでは警察、警備組織も組織ごとに存在します)

二つ目。歓迎の人並にトランプ大統領は丁寧に子供にも挨拶、サインを求められると気楽にサインに応じました。この点は日本との文化の違いです。

三つ目。横田基地の仮設舞台での式典です。司令官が司会進行役。笑顔で進行しました。ソーラシドーシラソラソミソという音楽に乗ってトランプ大統領が登場しました。演出が楽しいです。笑顔、音楽、パーフォーマンスあふれます。日本ではあまり見ない光景です。

四つ目。日本の新聞などは一面トランプ一色です。当然のことです。私はニューヨークタイムズなどアメリカの新聞を毎日インターネットで読みますが、トランプ訪日ニュースはワンノブゼムで、ある一つのニュースの扱いです。

ちなみに私は区長退任式を湿っぽい挨拶でなく、楽しい場所にしたいと演出しました。閉庁時間の後5分間、区役所のホールで職員と一緒に「港区歌」を歌い、お別れすることを自ら企画しました。区長を最も支える立場の政策経営部長Nさんが妨害行動に出てきました。驚きました。この話は後日。

港区長秘話85、武井候補が生まれた経緯

平成12年6月28日港区長に就任しました。3年経過した平成15年の夏頃から来年の6月に向け様々検討しないといけないとの思いが頭をよぎるようになりました。平成15年の夏、当時の都議会議員(自民党)から面会要請の電話がありました。相手の希望で区役所近くのホテル、レストランの個室で面会しました。いきなり「原田さんが来年、出馬しないと聞いたが?」と質問。私は「それは事実と異なる」と回答しました。時期的にそれ以上のことは発言できません。また、友人の某大学教授から自宅に電話で「来年出馬しないと聞いたが」との照会でした。「事実と異なる」と同じ回答をしました。誰かが謀略的に情報を流していると感じました。このような情報を流せる人物は限られています。

また、港区長の応援団組織として「同交会」という組織がありますが、元区長S氏がそこで「適当な候補はいないか」と発言したと耳に入りました。会の責任者は「原田さんが真面目に仕事しているのに何ですか」と反論したとも耳に入りました。これまで港区長秘話で書いたように、私は官製談合を破壊、一部議員(多くは真面目な議員です)や、一部問題職員(ほとんどの職員は真面目に仕事しています)の問題行動をチェックしたり、日本初、東京初の施策を具体化、積極的に活動し(夜の宴会活動は無し)、これまで残された課題(芝公園の土地問題、行財政改革など)をスピーディに解決したことなどに、私を引っ張り出した元区長S氏はある種の危機意識、違和感、ヤッカミを感じたと思いました。私の見立てですが、S氏にとり私はいわゆる「帰国子女」のような存在だったのでしょう。

秋頃、元区長S氏が某職員に「区長選に出ないか」と口説き「その職員は体調を理由に断った」との情報が耳に入りました。さらにS氏は管理職、武井さんにも「出馬しないか」と声をかけました。本来武井さんは「原田区長の下で仕事をしている身ですから、全力で原田区政に幹部職員として励みます。夢夢そのようなことは考えません」と発言するのが幹部職員としての正解です。ところが武井さんは「原田さんが辞めるなら出馬してもよい」と回答したと耳に入りました。幹部職員として問題発言です。 さらに、他の有力者も候補者探しを始めたと耳にしました。政策経営部長Nは都外の住まいから港区に転居しました。元区長S氏から後継指名を期待しての動きでしょう。(区長候補は港区に住んでいることが望ましいです)

武井さんは総務畑が長く、現場に詳しくありません。官製談合について知識や改善策を持っていません。建築の積算のことも分りません。おとなしい性格で敵を作らずです。元区長S氏にとり好都合だったと思います。武井さんは出馬の際新聞記者から出馬の理由を聞かれ「原田さんが突然辞めたから」と発言。これは事実と異なります。武井さんにとり自らの立場を正当化したかったのでしょう。本来「原田さんは異分野から招かれ、大変だったと思いますが、区長として財政再建、行政改革を成し遂げ、日本初、東京都初の施策を具体化しました。今後は学究の道を歩みたいとのことです」とでも退任してゆく区長に対し、発言すべきでしょう。

立場立場での適切な発言が大切です。私にとりこうした謀略的な動きはバカバカしい限りです。正々堂々語ればよいのです。議論し、ある方向に結論を見出すのが民主主義の方法です。