日別アーカイブ: 2017年11月9日

六本木新国立美術館で安藤忠雄展、テーマはEndeavor(挑戦)、私の事務所のキーワード!

先日、六本木の新国立美術館で開催されています建築家、安藤忠雄展に行きました。大勢の訪問者で賑わっていました。安藤さんの創作活動の総決算の展覧会と思います。その中で気になったタイトルがありました。”Endeavor”(挑戦)です。エンデヴァーというキーワードを見て、我が意を得たりと思いました。私は1980年事務所を設立した際Space Endeavor(空間への挑戦)と名付けました。今でこそ、スペースシャトル、エンデヴァー号が打ち上げられましたとNHKニュースなどで報道されますが、当時はエンデヴァーと言っても英語を理解する方はほとんどいませんでした。そこでSpace EndeavorにCollaborates(仲間たち)をつけ、先頭の文字を並べSEC計画事務所としました。1980年私が無い知恵絞り私の活動、「挑戦」をカギとなる言葉としました。安藤さんも同じことを考えていたのはうれしい限りです。まだ挑戦し続けます。

 

観光、夜の時間の使い方、柔らかな頭で東京都や国はしっかり方針を

10月31日(火)NHKクローズアップ現代で観光政策を取り上げていました。外国人にインタビューし、東京(日本)の観光で何が問題か質問したところ、食事でもカフェでも、イベントでも、夜過ごす場所がないと苦情に近い意見でした。先進国で最も安全な東京と言われる場所で、夜過ごせる場所がないことは残念です。東京都や国の役人にそうした発想がないのでしょう。

20歳の時アメリカで1年間留学生活し、その後、現在まで国際会議で多くの国を訪問します。ニューヨーク市やヨーロッパの主要都市ですと、夜の8時、9時からコンサートやミュージカルなどが始まり、深夜に終わり、その後、レストランやカフェでおしゃべりを楽しみます。ホテル、自宅に戻るのは2時、3時となります。

この3年毎年トルコの大学に招聘されます。大学の先生方が夕食に招いてくださり、その後、カフェ(トルコはお酒も自由です)でお茶、お酒を飲みながら、2時3時まで談笑。その後歩いてホテル、自宅に戻ります。(安全です)

1971年スウェーデン、ストックホルムに留学した際驚いたこと。80万都市ですが、地下鉄が深夜オールナイトで運行されていました。(深夜は1時間に1本程度だったと記憶しています)

ライフスタイルが変わり、世界中から観光客が訪れる時代になりました。東京含め日本の都市が夜の時間の使い方を真剣に考えなければなりません。ニューヨーク市は夜の時間を活用した経済対策を検討しています。一つは照明の演出による夜間の空間創造です。ニューヨーク市長室に夜の時間の活用、夜の演出による経済活性化の幹部職員を配置したと報道がありました。こうした取り組みで、社会、経済、文化の分野で大きな利益が生まれるだろうと言われています。役人は是非やわらかい頭でこうした政策を検討されたい。

港区エレベーター事故、今頃和解!?冷酷なトップ

11月7日の新聞報道で、平成18年発生した港区立住宅でのエレベーター事故で高校生が亡くなり、そのご遺族と港区役所との和解が成立したありました。驚きました。これまで港区役所(というより区長と言ったほうがよいでしょう)がご遺族に心からお詫びを伝えず裁判が継続していたことを知り驚きました。何ら落ち度のない将来ある若者が、港区が所有管理するエレベーターの事故で尊い命を失いました。ご遺族にとりさぞつらく、残念な思いでおられるか。原因は港区の保守管理の契約のでたらめさ、区長がそれに気が付かず、指導できなかったことにつきます。エレベーターの保守管理予算は年間400万円。ところがゲリラ的にメーカーでなくエレベーターの保守管理だけする会社が予算の1/4の額で入札、落札しました。生命、安全にかかわる機械のメンテナンス業務であるにもかかわらず手抜きの管理をし、悲惨な結果に至りました。これは警視庁の捜査結果にそうした趣旨が書かれています。

こうしたデタラメな契約をチェックできなかった発注部門、契約部門に大きな責任があります。また、そうしたデタラメ契約に目を光らすことができなかった区長はじめ最高幹部に最も責任があります。その後、エレベーターの取り換え工事では提案型で某メーカーのエレベーターを採用したと聞きました。私は区長時代、入札だと相手の能力、性能が分らないので、提案型、プロポーザル型の契約方式にしろと命じました。談合防止策にもなります。結果的には私の言ったことが正しかったということです。人の命が失われてから、私の提案を受け入れ愚かしいことです。

また、港区(長)の責任で人命が失われたのですから、直ちに謝罪、しかるべく慰謝料を払うべきでした。冷酷な区長と批判されても仕方ないと思います。民間同士の裁判なら相手の出方を見たり、相手が疲れ、あきらめるタイミングで交渉に入るという方法はあるかと思います。しかし、港区は原因者、また、役所です。ご遺族にとり、11年はあまりにも長すぎます。つらいことと思います。せめて少しでも早く謝罪し、慰謝料をお渡しする気持ちがなかったのは残念です。