日別アーカイブ: 2019年10月12日

弘前の伝統建築見学

先日、日本建築研究会という伝統建築を勉強する会(不肖私は副会長)で弘前市を訪問、市内の伝統建築の見学をしました。訪問先は盛秀園、盛美園、長勝寺、栄螺堂、弘前市立図書館、東奥義塾外人教師館、岩木山神社、高照神社、革秀寺、誓願寺、弘前城です。

弘前市は人口17万人、一般会計規模760億円です。金沢市と比較します。江戸時代、加賀百万石と称されました。弘前(津軽)藩は10万石。金沢市の人口は46万人。財政規模は1721億円。金沢城、兼六園はある資料によると約40ヘクタール、弘前城は約40ヘクタール。市の人口、財政規模、江戸時代の石高でみると弘前は金沢より小規模ですが、伝統建築の量、質で見ると、すばらしい歴史遺産が存在します。コーヒー店発生の地でもあります。盛美園は1階が和風数寄屋、2階は洋館、大福もちの上にケーキが乗っているようなスタイル(この表現は仲間のTさんのコメント)。2階の方が大きく、構造的にどのように2階が支えられているのか不思議です。大きな仏壇が安置されている部屋(法堂)があります。装飾金で、クジャクの装飾は国宝級と言ってよいと思います。清藤邸の住宅、庭園(築山、中島)も見事です。現在のご当主に説明を頂きましたが、家訓の一つに「家の財産は社会からの預かり物と思え、自分のものと思うな」というのがあり、同感でした。最勝寺は市内寺町にあります。33の曹洞宗のお寺が集中立地し、その筆頭格の寺です。2階建ての黒門がありますが、通し柱かどうかで議論しました。結論は通し柱です。本堂は藩主をお祭りする空間です。

栄螺堂は八角堂で、災害で亡くなった方をお祀る堂です。会津若松に栄螺堂がありますが、それを小規模にした感じです。緩い階段を上り、登り切ったところから一直線の急な階段で1階に戻る動線です。岩木山神社は300メートルの直線状の園路の先に配置されています。柱に金の竜の彫刻が巻き付いています。中門、拝殿はもともとお寺の作りです。革秀寺の本堂は茅葺き屋根の民家風の造りです。 誓願寺の山門は、一般的な平入でなく、妻側が正面に向いている特殊なデザインです。建立した際の住職が遊び心があったのか、それから当時の大工が遊び心があったのか。デザイン心の高い、技術的に質の高い伝統建築が集中しており、建築を堪能しました。