月別アーカイブ: 2019年12月

芸能界と薬物事件

11月18日、女優沢尻エリカが麻薬取締法違反容疑で逮捕されました。私は芸能分野に関心がありませんので俳優や歌手の名前をほとんど知りません。俳優や歌手など芸能人はメディアを通じ国民に大きな影響を与えます。10年近く前、島田伸介が暴力団と交際していたと報道されました。当時の週刊誌によると警察庁長官自ら島田の逮捕に積極的だったと報道があり、かつ、長官は「芸能人は国民に大きな影響を与えるのでその点に配慮し芸能活動をされたい。」と記者会見で語ったように記憶があります。島田伸介は恭順の態度を示し、芸能界から引退、南の島に逃れ謹慎状態の生活を継続しているようです。メディアも、報道番組では、キャスターが偉そうに政府批判、社会批判をしていますが、一方で、怪しげな芸能人を使っています。このギャップが理解困難なことです。芸能番組の担当幹部は毅然たる態度で芸能人との対応をすべきです。

私が高校生だった頃、父親が某組織の広報の責任者を勤めていたのでいくつかのネタを持っていました。父親が問わず語りで語った話「コマーシャルソングで有名はKはNHKのディレクターの愛人だ。」、純粋な高校生としてはよく理解できませんでしたが。10年くらい前でしたか有名歌手のMがNHKのディレクターと愛人関係と週刊誌で報道されました。メディアの幹部もその程度なのでしょう。

区長時代、ゲストをお招きし対話するローカル番組がありました。私が広報課長に指示したことです。「芸能人を呼ぶな。」(芸能人差別ではなく、芸能人好きと誤解されることを避けたということと、区民の歓心のために有名な芸能人を招くのでなく、港区政について真剣に語り合える知識を有する方をゲストにお呼びすべきと考えました。)

ピアノ・ロン・ティボーコンクール日本人優勝と2位も。しかし海外留学組

11月15日パリで開催されたロン・ティボー・クレスパン国際音楽コンクール(ピアノ部門)で日本人の三浦謙司さんが優勝、務川彗悟さんが2位で表彰されました。審査員に世界的ピアニストのアルゲリッチもいます。嬉しいことです。しかし、残念なことはお二人とも海外留学組であることです。報道によると、三浦さんは13歳で英国に留学、現在はベルリンの音楽大学に在学中。務川さんは芸大で学んだ後パリ国立高等音楽院で学んでいます。

芸大含め日本の大学の指導方法より欧米の指導方法に利点があるということでしょう。権威主義?芸大の声楽科では弟子を愛人にし、その関連で裁判になり、週刊新潮に記事にされた芸大名誉教授がいました。パワハラ、セクハラ教授が威張っていた芸大ではまともな指導はできないのでしょう。貧乏留学生オザワセイジや視覚障がい者のピアニスト辻井さんなど、本当に素晴らしい芸術家を指導したり発見、表彰できるのは欧米の教育機関しかないということです。

港区の幹部や職員は英語が話せ、国際事情に詳しいと思った?

先日、某国の大使館のレセプションで会話した日本人の招待客との会話です。「港区は大使館も多くあり、外国人の区民も多いですから、港区役所の幹部や職員は英語が話せ、国際事情に詳しいのでは?」と尋ねられました。私は「港区には80の大使館があり、多くの外国人区民が住んでいますが、港区役所は全国の自治体と同じです。外国人がいるからといって、区長や幹部、職員が英語を話したり、国際事情に詳しいということではありません。」と回答しました。時々、そのようなことを尋ねられます。区長含め幹部は英語を話せませんし、英語を学ぼうという意欲もありません。外国人が多く住む自治体なら、幹部は意欲的に外国語を学び、国際事情を学ぶべきでしょう。一歩踏み込んで、「原田は英語を話す区長ということで、外国語を学ぶ意欲なき元幹部達から嫌がらせを受けました。」と説明をし、驚かれます。「本当ですか?」「ハイ、本当です」と。

照明デザイナー石井幹子さんのインタビュー記事。芸大教授は何も教えなかった

照明デザインで世界を股にかけ活動している照明デザイナーの石井幹子さんの「時代の証言者」という読売新聞のインタビュー記事を読みました。連載ですので、あと数回続きます。12月21日の記事で「芸大入学、先生は先輩たち」でやっと苦労して入った芸大で、「先生は学生をほったらかしで、授業の始まる時間になっても来ないなんてしょっちゅう。」「当時はデザインの勃興期で教授も先輩もアルバイトで明け暮れ。」「大学から何も教えてもらえないことに不満と焦りがどんどん膨らみました。」と書かれています。

さもありなんと感じました。石井さんと一世代異なりますが、私も同様の思いを抱きました。現在もです。アメリカに留学して分かったこと、学生は高額の授業料を納めて教授から知識を与えられます。教授は授業をさぼれませんし、また、さぼったら解雇、あるいは学生は「高い授業料を納めたのに何も教えない、教授が教室にいない。」と大学を詐欺で訴えます。教授は、月曜から金曜まで8時から5時まで大学に居て、学生の求めに応じ指導しなければなりません。専念義務です。

日本でどうか?私は建築分野で他の分野を知りませんが。東大建築学科教授の隈さんが国立競技場始め多くの話題の建築を設計しています。それ自体は結構なことです。おそらく年収1200万円くらい東大からもらっている公務員が、アルバイトと言うより、大学教授の仕事をほったらかしにし、本業と言ってよい設計活動をしているのは欧米の価値観、倫理観で言うと大問題です。しかも、マスコミも文部科学省も問題指摘しません。設計活動をするなら東大教授を辞任し、本業に専念すべきです。日本の大学のランキングが低い理由もこのような点にあると思います。海外から隈教授の下で勉強したいと東大建築学科に留学した学生、隈さんが大学に居ないとなったら、東大を詐欺罪で訴えると思います。そういう点での大学改革が必要です。

大嘗宮見学。友人が工事に従事

大嘗祭、国民や多くの国々から祝福され運ばれ、喜ばしいことです。祭典が終わり大嘗宮が一般公開されるとのことで、仕事の合間に見学に行きました。白木のシンプルな伝統建築です。宮内庁のホームページに概要が掲載されています。工事の元請は清水建設です。現場の法定掲示物に清水建設という名前と工事監理者として清水建設の責任者の名前が掲示されていました。ちょっとは知ったお名前の方です。伝統建築の専門の幹部社員です。清水建設が受注したということで、一般には清水建設の社員の大工が工事に従事したと思われる方が多いと思いますが、そうではありません。建設会社は商社機能、金融機能を果たすのが主たる仕事で、大工を抱えているわけでありません。実際は、全国から優秀な宮大工を集め(多くは一匹狼の大工です)工事に携わります。建設会社はまとめ役ですが、実態は全国の宮大工集団が工事に従事しました。大工、職人は、いわゆる職員気質で、仕事に誇りを持ち、口が堅いのが性分ですし、また、今回は特殊工事で宮内庁との約束ごとがあるでしょうから、大工は仕事について口にしません。とは言いつつ親しい方には話題程度に、仕事話し程度にお話が耳に入ります。私の友人の宮大工数人Yさん、Mさん、Oさんがこの工事に従事していることを知りました。彼らは誇らしく、また、緊張感を持って工事をしたと思います。みなさん地方の優秀な宮大工です。決して表に出る存在でありませんが、こうした方々が実際に作りました。私も友人として嬉しく感じました。

男女の平等度日本最低121位

スイスのダボス会議を主催する民間研究機関、世界経済フォーラムが12月17日2019年版男女平等ランキングを発表しました。日本は前年の110位からさらに順位を下げ、121位であった。評価項目の分野は政治、経済、教育機会、健康の4分野です。上位は1位アイスランド、2位ノルウェイ、3位フィンランド、4位スウェーデン、5位ニカラグア、・・・米国53位、中国106位、韓国108位、日本121位である。50年近く前、アメリカ、スウェーデンで体験した立場からすれば、日本は確かに相当遅れていると認識しています。私は日本が遅れている原因、つまり、その課題として欧米を参考にすると4つあると考えています。

1つめは都市構造です。通勤に1時間半もかかると、子供を地元の保育園に預けることは困難です。また、通勤で疲労困ぱいとなります。職住近接の都市構造に変えなければなりません。欧米の都市の通勤時間は総じて20分から30分と思います。もちろん例外もありますが。男性も女性も早く自宅に戻り家事に参加できます。さらに、職場内か職場の近くに保育施設を設置することも重要です。オランダの1980年代に建設された住宅環境省の庁舎内(設計は友人のホーホスタット氏)には庁内保育所が設置され、子供を預けられます。(多くの国会議員や都議会議員は公費を使い海外視察をしていますが、そのような提言をしません。おそらく視察と称し、遊びのほうが多いのかもしれません。)

2つめは社交スタイルです。料亭、ナイトクラブ、あるいは、居酒屋などでの社交スタイルでは女性は参加に躊躇します。特に2人だけで密談と称し、料亭やホテルでの社交は問題です。現在の社交スタイルは男だけの社交です。特にホステスがいるナイトクラブでは女性の政治家、会社経営者、もちろん、一般社員も参加は困難です。欧米ではビジネスランチなど昼間の交流が盛んです。また、自宅に招き、(上記のように職住近接、都心居住なら地理的に可能です)家族とともに社交をし、こういう家族なら、こういう子供がいてこのような子育てをしている経営者なら、政治家なら信頼できる、という社交スタイルが欧米では普通です。ホステス挟んで男だけの社交はやめるべきです。欧米にはこのような社交場所はありません。

3つ目はポストの指名方式です。日本では、大学でも(東大、早稲田大学も)後任は教授が「次は君が後継者だ」とかわいい、自分の研究を手伝った助手が指名されます。会社も同様です。指名をする相手はほとんどすべてが男性になります。欧米では、大学も企業も、そのポストにふさわしい人材を公募します。一例ですがハーヴァード大学の学長も学部長も教授も公募ですし、また、自校出身者は原則採用しません。権力者を作らいない、学問、研究の自由を守るということです。企業も、後継指名を受ければ、あるいは受けるために、社長にペコペコせざるを得ず、後継指名受けた次の社長は後継者に指名してくれた社長の存在を意識し経営せざるを得ません。ハーヴァード大学の教授の出身大学は8割以上が他大学出身者です。私を招へいしてくれたトルコのコジャエリ大学(国立で5万人の総合大学)も教授の6割以上が他大学出身者と言っていました。

4つ目は女性に対する意識です。私の世代、戦後のベビーブーム時代より前の男性の(あるいは女性も)意識です。私の世代は早稲田大学の場合8割くらいが地方出身者でした。(地方からの出身者が東京に残り、高度経済成長を支えました)農村文化、地方の建築文化大好き人間ですが、歴史的に地方では(東京でも)冠婚葬祭など男性群が畳の主室で大宴会、女性群は背後の台所で調理、お運び、お酌、固定的な役割意識がありました。そういう文化で育ち、社会のリーダーになった世代が現在の政治や企業のリーダーです。女性は主たる労働力でなくアシスタントである、という意識が強いと思います。私が早稲田大学に在籍した時期(1967年:昭和42年~1974年:昭和49年、留学と大学院に在籍)のエピソードです。当時、女子大生は就職し、結婚資金をため25歳になる前に結婚するというライフスタイルでした。いわゆる女性はクリスマスケーキと言われました。25日前に食べるクリスマスケーキを例えた話です。25日を過ぎると売れ残るというたとえ話です。私はアメリカ、スウェーデンでの体験に基づき女子学生に「女性も働き続けろ」と話したら、女子学生達から「原田さんは変人」と言われました。女子学生もそうした意識でした。24歳までに結婚し、その後は家庭に入り主婦業に専念するというライフスタイルの価値観です。欧米では、50年前すでに女性も様々な場面で仕事をしていました。しかし、話を聞くと、そこに至るまで大変だったようです。お互いに意識改革(しかも大改革)を進める必要があります。大学や政治が一番遅れています。

元国連次席大使。JICA理事長北岡伸一氏の講演、

12月12日、国際文化会館で北岡伸一氏(元東大教授)の講演がありました。テーマは「現代社会における開発協力と日本」です。日本政府が海外協力している実態、北欧含め西欧諸国との比較、課題についてのお話です。基本哲学は「尊厳を持って生きる権利」、逆に言うと、恐怖や欠乏から逃れることの支援です。ミンダナオ、南スーダン、パレスチナ(母子手帳を広めました)、カンボジア、アフリカでみんなの学校建設、エジプトで日本式学校運営(児童が教室の掃除をする)、中南米で防災教育、など事例紹介がありました。JICAが日本の専門家を必要としている国に課題にふさわしい専門家を派遣しています。ここで課題として思い出したのが、ノルウェイの大学の建築カリキュラムです。日本の大学ではないと思います。「途上国開発支援のための科目」です。具体的な開発途上国での建築支援の在り方の授業がノルウェイの大学であります。日本の大学での建築家教育はそれ自体は素晴らしい内容と思いますが、国際化という観点からすると、おそらくほとんどの大学で、そうした授業を実施しているところはないのではと危惧します。世界に大きな動き、ニーズに対応した教育を柔軟に実施すべきでしょう。文科省や大学教授陣にそうした知識や意識がないのでしょう。設計のアルバイトでそうした分野に関心が持てないのでしょう。残念です。

港区施設課職務怠慢、秘密漏えい

2015年8月7日のブログに「積算書をチェック」という投稿をしました。その2になります。港区の田町スポーツセンター、プール棟の設計の積算書のチェック(工事監査?)を区長自らやりました。区長就任早々の時でした。元区長が発注した設計でした。何となく気になり積算書を区長室に持ってくるよう指示し、チェックしました。おかしな点があり全体で20項目以上、間違いを施設課長Kに指摘しました。区長として時間が十分あるわけでもありませんし、また、設備分野などは専門外です。「おかしいので見直すように。」と指示すると、雰囲気からおそらく「区長の指示通りチェックしましたが、問題ありません。」と回答が来る怖れを感じ、事前に専門家に依頼し、チェックをしてもらいました。区長のポケットマネー20万円を知人の専門家に支払いました。本来、給料をもらっている施設課職員、特にK課長、S計画・保全係長とそのスタッフの仕事です。当時の名簿を見ると職員の名前がT、F、M、Yとあります。職務怠慢で、典型的に公務員は「休まず、さぼらず、仕事せず、」のキャッチコピーが当てはまる状況でした。みなさん、定年で退職しているかと思います。公務員ですから、入庁当初は難しい公務員試験を受験し、合格したのですから、本来はみなさん優秀な人材です。年月が経過するうちに周りの雰囲気にのまれ、職務怠慢になり、また、談合の元締め議員から、変な指示もあったのでしょう。しかも、区長が区長室で積算書のチェックをしている、(実際は自宅に持ち帰り、チェック作業しました。ある意味で過重労働、闇残業です。)と談合の元締めのベテラン議員にご注進、報告までしていました。業務の秘密漏えいです。当時の施設課職員の雰囲気は、区長が余計なことしやがってという状況でした。

次は赤坂特養の設計についてです。元区長の時発注した設計業務です。談合のうわさが複数から区長に寄せられていました。設計が完了、納品された時、改めて積算書を区長に提出させ、チェックしました。さっと見ると、おかしな項目が相当ありました。スポーツセンタープール棟の時と同様、私から具体的に指摘しないと、施設課長は「問題ありません。」と報告してくると疑い、私が相当箇所、自ら積算書をチェックしました。専門が異なる分野は再度、知人の専門家に依頼し、チェックしてもらいました。総工費30億円近く物件の積算書ですので相当なボリュームです。この時はポケットマネー100万円を知人に支払いました。なんと3億円の減額となりました。もし、私がチェックしなければ3億円、建設会社の不当利益になっていました。その金はどこかに流れたでしょう。私自ら積算書を減額させたのですから、議会や区民から称賛されるべき行為です。本来、施設課職員の仕事です。施設課職員h給料をもらうだけで、何も仕事せず、区長にチェックさせ、ポケットマネーで支払わせ、と、とんでもないことでした。職務怠慢。しかも、報告にK課長でなくS係長が区長室に来ました。K課長は自信がないのか、能力がないのか、区長に叱声されるのを恐れたのか、区長室に来ませんでした。組織論からすれば、区長室には課長が来るのが自然です。係長が説明に来たのは、施設課のみです。当時の施設課職員に120万円を請求したい気持ちです。職務怠慢、しかも、そうした事態を談合元締めの区議に伝えたというのですから。残念なことです。施設課職員、猛省してください。大いに勉強してください。誇りを持って仕事してください。

テンプル大学、区から世田谷区へ移転、残念

テンプル大学はペンシルベニア州立大学、歴史、伝統ある大学です。フィラデルフィアにキャンパスがあります。アメリカで勉強した体験からテンプル大学の名前をよく聞いておりました。1980年代、テンプル大学は日本に進出、港区に日本キャンパスを構えました。一時多摩ニュータウンに移転しましたが、港区に戻りました。都心キャンパスという利便性がその理由と思います。テンプル大学は毎週のように無料の公開市民講座を開催しています。テンプル大学の教授がタイムリーな話題の講演をします。時事問題の勉強になり、かつ、英語の勉強にもなります。20代前後の若い学生、特に外国人の学生が港区南麻布にいることは地域の賑わい、活性化につながります。(地方都市が若者人口を増やしたいと大学誘致を進めている自治体もあります)

しかし、残念なお知らせが来ました。テンプル大学が世田谷区に新校舎を構え、11月に移転するとの内容です。港区長の武井さんはテンプル大学の存在意義についてそれほど意識がないのかもしれません。アメリカの事情をご存じないでしょうから、テンプル大学の日本キャンパスの存在意義について知識は十分でないのでしょう。本来は港区内でテンプル大学のキャンパスを継続的に維持していただくよう区長自らテンプル大学に働きかけるべきでした。港区は国際理解、異文化理解と唱えていますが、実態は、最高幹部等は十分理解していないのでしょう。残念です。

1930年代ソ連でアメリカ建築の影響

アメリカの建築家協会(AIA)のニュースによると、カナダの建築家団体が「アメリカの建築がソ連の建築に与えた影響について」の展覧会がモントリオールで開催されました。その内容は、1930年頃、スターリングラードのトラクター工場、ディーゼルエンジン工場のアセンブリーラインの建設に当たり、アメリカの自動車産業の聖地だったデトロイト(産業構造の変化で数年前デトロイト市は破産しました)の建築事務所Albert Kahnが設計を担当しました。要はソ連の工業振興の支援をしました。気に入られ、スターリン政府のアドバイザーになりました。アメリカとソ連は世界の2大大国になりましたが、当時のソ連(スターリン政権)はアメリカの建築事務所の支援で工業化が成功しました。建築を通してのアメリカとソ連の関係です。興味深い展覧会です。