日別アーカイブ: 2020年1月7日

ゴーン逃亡の報道

1月7日現在、ゴーンの逃亡について、次第に分かってきた状況について報道されています。日本の報道について残念に思いますのが、アメリカのウォールストリートジャーナルによると、あるいは、ニューヨークタイムズによると、という報道です。日本の新聞記者は自分で取材する能力はないのでしょうか。アメリカの新聞報道だけでしたら私も毎日読んでいますので、日本の新聞に報道されるよりも詳細に承知しています。

少し前の報道です。1月2日のニューヨークタイムズでゴーン逃亡の記事が3つ(3人の別々の記者が書いた記事)掲載されました。1つはゴーンはいかに日本から逃亡したか?映画レベルの犯罪行為、①関係者が数か月間逃亡計画を練った。逃亡作戦チームは多くの国で特殊任務に就いた専門家を雇った。②ゴーンは音楽の道具に隠れて逃げた。③ゴーンの日本の弁護士チームは何も知らされていなかった。④レバノンが助けたかどうかは不明。⑤ゴーンは日本の司法制度を批判、日産を批判するのは明らか。

2つめの記事の概要です。ゴーンの逃亡の一つの要因は、アメリカ人のジャーナリストからの情報提供で、日本のこれまでの裁判例を学ぶと裁判が決着するまで少なくも数年かかり、最悪、長期の懲役を受けるかもしれないと理解しました。ゴーンは近々ホリエモンと面会し、ホリエモンの裁判の流れを聞く段取りになっていました。長期刑になるとせっかく再婚した妻と会えない、暮らせない、であるならば、日本脱出しかないとゴーンは判断したのでしょう。

3つ目の記事の概要です。トルコ当局がプライベートジェットの7人を取り調べている、4人はパイロット。レバノン法務当局はインターポール経由で日本からの国際手配書を受け取った、しかし、それはレバノンで何ら効力はない、トルコ当局は4人のパイロットを拘留し、2人は航空機の地上支援職員、1人が航空貨物会社のマネージャー。

ニューヨークタイムズの記事のスタンスでは事実の報道で、ゴーンが悪い、日本の法制度がおかしいといったコメントはありません。また、私はレバノン人の友人が若干いますが、彼らの気持ち(特定の意見ですが)は逃げたゴーンが悪い、とコメントがありました。

六本木の客引き。区役所も警察も無力。

時々、書いています。今夜(1月7日 火曜日)六本木の事務所を夜9時10分に出て、六本木交差点に向かって歩きました。小雨が降る中で、客足が少ない状況でした。事務所を出て外苑東通りを六本木3丁目側の歩道を歩き始めました。最初の角の細い道路上に若い女性が2人立って、私に声掛けしました。私は誰何し、ここでの客引きは禁止されていると注意しました。麻布警察署や港区役所から若干の報酬をいただいてもよいかと思います。(笑い)しばらく進み、歩道との境界ぎりぎりで民間の駐車場の敷地内で若い女性が2人立って声掛けしました。また、注意しました。

麻布警察署も港区役所も定期的に巡回すべきです。職務怠慢でしょう。武井区長は、町の挨拶で「客引き防止条例を作りました。」と発言。昔タイプの役人でしょう。条例作ったから自分の責任を果たした、という認識でしょう。実際守らせて効果が出るということを認識していません。

毎日、六本木の街を歩いていると、様々事件に遭遇します。2年前でしたか、外苑東通りの歩道で3人の警察官が男性のズボンを脱がせ、パンツ姿にして身体検査。人権侵害、プライバシー侵害です。被疑者の味方をするつもりはさらさらありませんが、その場で警察官に抗議しようと思いましたが、人権感覚欠如のバカ警官、威張ることが好きなバカ警官と変なトラブルになってはいけないと、黙って通り過ごしました。また、3年くらい前でしたが、外苑東通りの車道で1人の入れ墨した若い男性が座り込み20人くらいの警察官が取り囲んでいます。自動車がストップし、危ない状況です。現場の警察官は若い男性を取り囲むだけで何もせず。現場の指揮官(おそらく警部補くらいの主任クラスと想像します)が無能でどう対応してよいかわからなかったのでしょう。(無能な現場指揮官は時々いるようです)私はその場を離れ、しばらく用事を済ませ2時間後に戻りましたら、まだ同じ状態が続いていました。もし、私が酔っぱらって車道で座り込んだら、警察官が、危ないと力づくで私を歩道に引き上げると思います。入れ墨した男だから手出ししないのは、「差別・区別」の類です。相手に恐怖感を抱き警察が躊躇したのでしょうか。

武井は昔タイプ(あまり積極的に動かない)の役人。本来、たまに自ら街を一人で歩き、観察すべきでしょう。そういう意識はない人物でしょう。警察署長も、副署長も署の課長も自ら街を歩き観察すべきでしょう。町会の有力者曰く、麻布警察署の六本木交番の若い警察官は威張っている、態度がでかいと。住民に好かれる、住民から感謝される活動を若い警察官にしていただきたいものです。私が書いたニューヨーク市警のコミュニティポリーシングを読んで、実践していただきたい。多くの警察官は真面目に仕事していますが。私が区長時代、警視庁の幹部と協力し、警察官を港区に採用し、生活安全条例を作りなど積極的に動きました。現状を見るにつけ残念です。

兼高かおるさん1周忌。兼高さんに感謝。

兼高かおるさんが亡くなられて1年が経過しました。近親者のご案内で一周忌法要に出席しました。港区長選挙に出馬するに際し、兼高かおるさんに後援会長をお願いしました。(原田敬美のブログの2015年9月5日付けに書きました。)文化の分野で長年お仕事され、日本中にそのお名前が知れ渡っています。兼高さんは政治とは関わりたくないとのことでしたが、私自身3度海外留学し、建築を通じ文化という分野で活動していることから、「応援してあげようか」というお気持ちになったのか、後援会長をお引き受けいただきました。兼高さんの事務所は私の事務所から100メートル程度と近くにあります。そのようなこともあり時々お目にかかりました。

法要後の食事会で兼高さんと親しかったご友人の方々、テレビ局の取材クルーの方々が当時のエピソードをご披露されました。兼高さんは取材先でタクシーの運転手にも様々出会った人に精力的に取材したそうです。外見は華麗な女性のイメージですが、水上スキー、スキューバダイビング、パラシュートなどぶっつけ本番で挑戦したそうです。スカートでエジプトのピラミッドに上りました。こうした行動はテレビ放送でご存知の方も多いと思います。毎週放送しますので、海外取材、編集、本番は3,4人で超過密スケジュールでこなしたそうです。超人的行動です。取材で接する際、だれに対しても敬意を表したそうです。兼高さんの行動は私自身の活動に大いに参考にさせていただく内容が豊富です。兼高さんに感謝です。