3月19日から28日までアメリカ、オハイオ州、ニュージャージー州、ニューヨークに出張予定でした。それぞれの市で市長や市役所幹部、地元の大学学長や教授達と面会予定でした。3月の初旬、アメリカCDC(疾病医療センター、医療センターという名前ですが単なる病院でなく、医療行政で強権を持つ政府機関です)が海外留学しているアメリカ人留学生に帰国勧告を出しました。(イコール命令です)また、全米の大学に対し、国際交流をするなと勧告(イコール命令です)を出したと情報をもらい、アメリカ出張を止めました。アメリカCDCが勧告出したタイミングから比べると、日本の外務省の勧告を出した時期は20日遅れ。率直なところ日本外務省は優柔不断です。3月初旬ニューヨークで1人罹患者発生、3月末で6万人です。ゼロから6万人ですから無限大と言えます。急増している状況を日本外務省は正確な認識をしていませんでした。というより認識できていませんでした。私は毎日ニューヨークタイムズを読み、患者の増加率が異常と判断。その判断は結果的に正確でした。私の限られた個人的な情報収集力の方が外務省より勝っていたということです。
5月中旬、客員教授を務めますブルガリアの国際建築アカデミー大会に出席予定でした。延期となりました。評議員同士の意見の集約結果です。会長はイタリア人、ヨーロッパ各国から建築家が参加します。アメリカからも中国からも参加します。罹患者が最も多い国々からの参加ですから賢明な判断です。
6月下旬はパリに美術館の視察に行く予定でした。これもキャンセルしました。海外出張はローコストで行かなければなりません。早割、安売り、返金の効かないチケットです。また、6月のパリはバカンスシーズンですのでホテルを予約、半金を振り込みました。小規模会社を経営する身からすると3度のキャンセルは大損害。アメリカでは200人くらいが中国政府に損害賠償の裁判を起こしたとのことですが、私も訴訟団に加わりたい気持ちです。
かつてイランイラク戦争が発生した際、イランの製油工場工事現場で多くの外国人技術者が働いていましたが、当時の西ドイツ、韓国は救援のため直ちに軍用機が来て技術者を救出しました。日本の当時の大使は「日本とイランの友好のためイランに留まって欲しい」とノー天気な発言をしたと、現場に勤務していた知人の技術者が「その後ひどい目にあった、大使のバカヤロー」と私に語っていました。日本人技術者は国境まで自力で移動し、国外に出ました。また、トルコ航空がトルコ人技術者を救出に向かった際、空席を日本人技術者に提供し、多くの日本人技術者を救出しました。日本の民間航空会社は救援機派遣について政府からの相談に対し危険だからと「ノー」の回答。日本の航空会社はエリート意識の上から目線だから当然の回答。日本政府は平時は優秀な官僚に支えられスムースに運営されますが、非常事態になると機能しなくなります。リーダーが危機意識の欠如、危機対応の訓練がないし、経験がないのです。
2011年3.11の時も翌日、フランス大使館、ドイツ大使館などは大使館職員が緊急避難するため観光バスをチャーターし、大阪方面に避難しました。また、当時のルース、アメリカ大使はアメリカ人は福島原発から50マイル以上避難せよと命令。日本に留学している留学生に対し帰国命令を出しました。私が主催し3月14日にアメリカ人フルブライト留学生に対し激励会を開催予定でしたが、直ちにキャンセルしました。欧米の方々は危機管理に対し敏感、行動が素早いです。