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東京医科歯科大・東工大の統合 運用の改革が必須、欧米の大学の運用を見習え

8月8日の報道で東京医科歯科大学と東工大が統合し、先端研究を充実「卓越大」指定を目指すとのことです。意欲的なことと思います。と同時に、大学の運用を根本的に改革しなければ単なる合併で終わる恐れがあります。

アメリカの大学に2度留学し、アメリカの大学の運営を体験しました。日本の大学の運営と似て非なる内容です。欧米の大学運営を参考にしなければ世界の中で生き残れません。

欧米の大学と比較して日本の大学の運営の特質についてです。日本の大学は各部門ごと、研究室ごと「タコつぼ型」で閉鎖的で、横の連携が欠けています。アメリカの事例です。私が50年前留学したライス大学建築大学院の事例です。建築だけでなく、ビジネス(建築設計事務所の運営、都市開発などはビジネスの知識が必要です)の授業も取ることができ、建築の修士号とビジネスの修士号(MBA)を同時に取得できました。また、病院建築の研究をしたい学生はライス大学に隣接するテキサス・メディカルセンター(世界最大の医療複合施設)にある医科大学で公衆衛生学などの授業を取り、建築修士号と公衆衛生学の修士号を同時に取得できました。最近ハーヴァード大学公衆衛生大学院に留学した医師の話を聞きましたら、ハーヴァード大学のビジネススクールの授業も取り、また、お隣にあるMITの機械(医療器械)の授業も取得でき、驚きだったとのことです。

第2に教授の人事です。日本では教授の採用は「公募」でなく「水面下」「上司の指名制」です。先輩教授が人事権(ある種の利権)を握り後輩を教授に指名する方式です。年功序列、終身雇用です。欧米の大学の人事をみると、公募が原則で、専門誌に教授の募集広告が掲載されています。大学は原則自校出身者を採用しません。教員の8割は他大学出身者です。教授は5年から10年で他大学、他分野へ異動します。ライス大学で私の指導教官だったピーター・ロウはオーストラリア人で40歳でハーヴァード大学建築大学院の学科長に転出、45歳で大学院長に就任しました。私の修士号審査教授だったアデール・サントス女史は南アフリカ出身でハーヴァード大学大学院卒、ライス大学教授からカリフォルニア州立大学サンディエゴ校の大学院長に異動、その後MITの大学院長に就任しました。同じ人間が同じ大学に居続けると権力者になり、研究の自由が脅かされる恐れもあります。現ハーヴァード大学建築大学院院長のサラ・ホワイティング女史は学部、修士、博士とそれぞれ別々の大学を卒業し、その後ライス大学建築大学院長を勤め、3年前にハーヴァード大学建築大学院長に異動しました。90年代ライス大学建築大学院長だったラース・リラップはスウェーデン人、ハーヴァード大学建築大学院卒で、カリフォルニア州立大学バークレー校の教授を勤め、その後ライス大学建築大学院長に就任しました。院長のポストに60人の応募があったと聞きました。トルコのコジャエリ大学の建築学部長だったネヴニハル・エルドーガン女史は、イスタンブール工科大学出身、トラキヤ大学、エディルネ大学の教授を歴任、コジャエリ大学に異動し、学部長に就任し、退任後、現在は教授を務めています。公平な競争原理、公募、多様性が重要視されています。大学院長に就任する年齢は40代から50代、最も元気な時です。日本では年功序列で定年近くで学部長、大学院長、学長に就任します。60代後半で半分枯れかかった方が最高幹部では世界的な競争に勝てません。

第3に教授と学生の関係です。日本の大学は師匠と弟子の関係です。欧米の大学は対等、教える側と学ぶ側と言うドライな関係です。アメリカの大学で一番驚いたのは学期ごとに学生が教授の授業内容を評価することでした。高い評価の教授は給与も上がり、首がつながり、一方、評価の低い教授は解雇されます。日本の大学では、卒業研究と称し、教授の指示で教授のためのデータ集めといったお手伝いをさせられます。授業料を納めているのに指導の名目で無償で教授のお手伝いです。欧米の大学ではありえません。授業料を納め、教授から知的内容を学び取ると言う姿勢です。もし、教授が学生に何らかの手伝いをさせたらそれは「有償」になります。アメリカなら教授が学生にデータ集めさせたら、学生は教授や大学を訴えるでしょう。

日本の大学教育は文部科学省が箸の上げ下げまで管理します。アメリカの大学は連邦政府の関与はなく、自主独立です。大学の自治で運用されます。

最近日大の理事長が検察に逮捕されると言う事件がありました。日本の大学のガバナンス、理事会、評議員会が機能しなかった証です。世間的には評価の高い医学部長やマスコミなどで社会問題のコメントをする法学部長など社会的にバカだったということです。公正、適切なガバナンスの運用ができて初めて一人前の組織です。東京医科歯科大学と東工大の統合に際し、欧米の大学の運用を見習って全く新たな組織が生まれ、世界の学問の競争を引っ張ってくれることを期待します。

シカゴ市意欲的な環境政策、市所有の公共施設、2025年までに全て再生エネルギーで運用

ブルムバーグ通信22年8月9日、Architecture Daily22年8月号によりますと、「2025年までにシカゴ空港(アメリカでは空港は地元自治体の所有、管理、運営)、図書館、浄水場など市の公共施設は100%再生エネルギーで運用する。」とシカゴ市長ロリ・ライトフット女史(黒人女性、元連邦検事、同性愛者を公言)が発表した。主に太陽光発電による。当初、年間29万t以上の温室効果ガスの削減が期待されます。「2022シカゴ気候アクションプラン」に内容が記載されています。2040年までに温室効果ガスを62%削減すると言う計画です。

ニューヨーク市も2025年までにすべての市有施設を100%再生エネルギーで運用すると計画しています。ローマ市でも建築家ステファノ・ボエリ(緑化建築を設計)が主導し2050年ローマ市のエコロジカル・ヴィジョンを作成しました。

原田のコメント、シカゴ市の意欲的な計画は参考になります。また、ニューヨーク市、ローマ市の計画も刺激的です。温室効果ガス排出が多い日本の大都市でも同様の具体性のあるアクションプランを作成すべきです。温室効果ガスの多くの原因は建築にあります。ローマ市の環境政策は建築家が強く関与しました。日本でも建築家が積極的な役割を果たすべきです。

シンガポールの経済成長、成功の要因に持ち家政策、その背後に優秀な建築家の存在

ブルムバーグ通信22年6月23日によりますと、世界でも経済がトップクラスで、コスモポリタン都市シンガポールの成長、成功の背後に持ち家制度の住宅政策(持ち家比率が世界で最も高い。市民の90%以上が良質なデザインの公共住宅を所有)、そして、その背後に優秀な建築家の存在がありました。住宅開発庁の元建築長リュー・サイ・カー(Liu Thai Ker)です。84歳、イェール大学卒。50万戸以上の公共住宅の開発を監督しました。

大戦後、マレーシアとシンガポールは極めて貧しく、環境も最悪で、シンガポールの川は下水と同じレベルでした。シンガポールはマニラ、ヤンゴン、ホチミン市などよりも遅れていました。カー氏は「大学で勉強し、英語を話せるようになりたい、イェール大学留学後著名な建築家I.M.Peiの下で修業、国家の再建に貢献したい」と思い住宅開発庁に就職しました。1960年代シンガポールの3/4が高密なスラムに住んでいました。氏はアメリカや西欧の都市計画、ニュータウンを見て参考としました。西欧にない「自己完結、自己充実したニュータウン」づくりを目指しました。住宅を建設したのではなく「コミュニティ」を建設、「近隣住区」を作り、その中に1寝室から5寝室の多様な住宅を作りました。ポイントは同じ近隣住区に、1寝室と2寝室を組み合わせ、2寝室と3寝室を組み合わせました。近隣住区の中で経済格差を生ませないようにしました。また、暗い中廊下形式は雰囲気が悪く争いも多いことから中廊下形式を排除しました。

そうした思想の背後に、氏はシンガポールの唯一の財産は「人」であり、人としての基本的なニーズ(衣食住)を満足させることで、住宅があれば仕事に集中でき、また、社会に根を生やし、しいては国家を守り経済建設に貢献すると考えました。シンガポール住宅開発庁は住宅を貸すのでなく売ることです。住宅開発庁の仕事は、住宅の価値を高めることと公共住宅の供給をモニターすることです。国民が多額のお金を使わず需要よりも若干多めの住宅を供給するようにしました。その結果経済成長につながりました。シンガポールがさらに発展するために、第一世代の政治指導者による英才教育により国民の教育レベルが高くなり、また、労働市場の観点から異なる民族に仕事を提供することに配慮しました。性差についても徐々に改善されています。

原田のコメント。以前スウェーデンの住宅政策についてブログに書きました。スウェーデンは大戦前ヨーロッパで貧しい国でしたが住宅政策を充実させることで世界でもトップクラスの経済発展を遂げました。経済成長のモデルとしてシンガポール、スウェーデンの政策は大いに参考になります。

また、元フランス政府建築長(日本にないポストで、大統領の下で公共建築、都市開発を担当する最高ポスト、日本で例えば有能な建築デザイナーが国交大臣を務めるイメージ)ベルモン氏から直接聞いた話です。スラムにこそ良質なデザインの公共住宅を供給し、住民にプライドを持たせることが大切と語っていました。

もう一つ重要なことは政治家の知的水準の高さとモラルの高さです。モラルの低い国では公共事業が生み出す富を独裁者が独り占めし、社会に還流されません。シンガポールでは政治家と官僚の知的水準とモラルが高かったと言えます。港区長を務めた際、官製談合、開発利権を直接耳にしました。

シンガポール住宅開発庁の元建築長は英語を勉強しアメリカで建築を学び国家の再建に貢献したいと語りました。私も英語を勉強しアメリカで建築を勉強し日本の社会に貢献したいと思いました。カー氏にシンパシーを感じます。帰国後、一部の方から「アメリカかぶれ」「デザインなんかどうでもよく必要最小限のものを作ればよい」といった声がありました。日本はまだまだ開かれていない国と言うのが率直ない印象です。これから世界競争に勝ち抜くために国際理解、異文化理解(口だけでなく)、そして実践が必要です。

安倍元首相銃撃の検証中間報告と海外などで体験した事例

7月8日安倍元首相が銃撃され1か月経過し、警察庁の検証の途中結果が発表されました。安易な前例踏襲と現場の警察官の連携不足と言った趣旨の内容です。

学生時代の留学中、ニュース報道で見たVIPの警備の様子、時々国際会議で海外を訪問した際たまたま目撃したVIP警備の様子、また、毎日視聴しているCNNで見るVIP警備の様子などと比べ、警備の素人ながらも今回問題があったと思います。また、私が主催者として開催したイベントで最高のVIPをお迎えした際の準備したことを振り返ると、今回、もっと準備することがあったのでは、と考えざるを得ません。

CNNを視聴していると、大統領がホワイトハウスの庭で演説や記者会見をしている姿が放映されます。ホワイトハウスという最も警備上安全な場所ですが、テレビに、大統領の20~30メートル離れた場所に屈強な大統領警護員(シークレットサービスは財務省の職員(皆さん軍隊経験者:もともと偽札捜査で作られた組織)大統領に背を向け、反対側に目を光らせています。また、救急車の姿も見えます。

アメリカ留学中の1975年の大統領選挙の時(この時はカーターさんが勝利)ニューヨークからヒューストンへ飛行機に乗った時、2,3人の屈強の大男が機内に入ってきて、身分証明書を見せろとの指示、何事かと思っていたら大統領候補が乗ってくるとのこと。

レーガン大統領が銃撃された際の映像が時々流されますが、銃撃の瞬間、即座に2,3人の警護員(シークレットサービス)が大統領をフットボールでタックルするような形で車の中に押し込み、そのまま病院へ、でした。(万が一のために行く病院も決まっているのでしょう)警護員の役割は大統領を守ることで、銃撃者を逮捕することでありません。大統領など国民の中に入る場合、二重、三重に警護員が大統領を取り囲み、周辺にいる大勢に目を光らせています。

1999年11月ベルリンで開催された建築家の国際会議に2日間ですが参加しました。ベルリンの壁崩壊10周年でベルリンの建築、都市計画についての議論、視察でした。帰路、タクシーに乗りベルリンのテーゲル空港のターミナル前でタクシーを降りようとしたら警察官が血相を変えタクシーの運転手に「ここは停車禁止」と叫びタクシーを即移動するよう命令。ゴルバチョフ元大統領がちょうど到着する時間だったことが後で分かりました。あるゾーンから人の排除です。自爆テロなどに備えたのでしょう。

数年前CNNのプーチン特集で見た報道番組。プーチン大統領の車列が通る道路沿道の建物の窓は全て閉じるように命じられています。モスクワ市民がプーチン大統領に手を振るなどのシーンはなく、ゴーストタウンで車が走っているといった状況でした。銃撃、暗殺を警戒しています。

私事で恐縮です。10年前ある行事で、私が主催者となり天皇皇后両陛下をお迎えすることとなりました。事前に警備関係者と面会、素人なりに警備について相談に乗っていただきました。会場には関係者しか入場しませんのである種の安心感がありますが、天皇陛下は心臓手術をされた数か月後でしたので、もし、ご気分でも悪くなったらと考え、すぐそばに見えないようにご休息できるよう椅子を配置し、また、万が一ご気分がすぐれなくなった場合に備え、私から救急車の配置をお願いしました。

安倍さんが銃撃された後、救急車が到着するまで10分を要したとのことですが、元総理が訪れる場所の近くに万が一に備え救急車を待機させることも必要があったのではと思います。

推測ですが、現場責任者の経験のなさ、無能ぶりもあったかもしれません。数年前六本木で目撃した場面。(麻布警察署管内)昼間、車道に20人くらいの警察官がいました。遠くから様子を見ると若いやくざ風の男性が一人車道に座り込んでいました。時々大声をあげていました。道路は一車線封鎖。危険な状態です。現場の責任者(おそらく警部補)はどう処理していいのか分からなかったのでしょう。私は数分様子を見ていましたが仕事に戻り2時間後に同じ場所を通ったらまだ同じ状況が続いていました。車道に居座っている若い男性に指揮官が「危ないからどけ、どかないならどかすぞ」とすれば終わることです。20人の警察官がただ立っているだけ。現場指揮官はどうしていいのか分からなかったのでしょう。こんな無能な現場指揮官もいるのかと思った次第です。

トップは結果責任です。警察庁長官、奈良県警本部長、現場の責任者は、前代未聞の事件が起きたことに対し、速やかに責任を取るべきです。

江東区前議長斡旋収賄で逮捕、港区でも官製談合が

7月31日の報道で、前江東区儀長が斡旋収賄罪で逮捕されました。入札情報の漏洩を職員に働きかけ、その見返りを業者から受け取ったとのことです。

私が港区長を勤めた時、複数の方から「官製談合」の情報が寄せられました。ベテランの区議が関与しているとのことです。また、民間人(水面下で港区政に影響力を持つ方)もです。建前上「議会が行政を監視監督する」と言われますが、港区の場合、逆で、区長自らこうした不正を監視監督していました。公共事業の発注の核となる施設課(課長)、発注事務を担当する契約課の課長に対しても私が強く指導監督しました。契約課長に至っては毎年交代させました。

だんだんわかってきたこと、助役も、部長も、こと流れ主義で、こうした不正を見て見ぬ振りし、あるいは、水面下で協力し、質そうとする意識に欠けていたことです。こうした幹部も同罪です。

議会側もうすうすか明確にかわかりませんがベテラン区議が官製談合の首謀者であることを気づきながら、質そうとしませんでした。オンブズマンと称する区議も、行革を標榜する区議も、不正を質そうとしませんでした。

そのベテラン区議は談合を質そうとしている私に「ふん、談合なんかなくなりゃーしねーんだ」と挑発的、威圧的な言動でわめき散らしました。私に後継者として出馬を哀願した元区長氏は「彼は私の盟友」と氏をかばう発言、昔からのなれ合いがあったのだと感じました。その区議は、元区長氏に「原田のせいで俺に小遣いが入らなくなった」と涙ながらに言ったと噂話が届きました。

また、ある公共事業で談合の噂があったスーパーゼネコンを私自ら厳しく調査をしていたら、港区を水面下で動かす民間人K氏から呼ばれ、氏の事務所に行くとそのゼネコンの社長がおり、社長は沈黙し頭を下げ、K氏が通訳「原田さんの厳しい追及に白旗を掲げます、もう談合はしませんからお許しを」との趣旨でした。武士の情けということで許すことにしました。(残念ながら謝罪の言葉は嘘でした。結果私が騙されました)こいつら嘘つきだと確信しました。こうした一部勢力からすれば、原田が区長にいるとその内大変なことが起こると心配し、原田を亡き者にしようと画策。公共事業や契約の素人で、おとなしい、当時の人事課長だった武井が区長選に引っ張りだされた、という次第です。私にとり、ばかばかしい、愚かな世界でした。

ハーヴァード大学公衆衛生大学院、女子学生比率、他大学とのコラボ

7月30日(土)私が一部ですが企画した勉強会。ハーヴァード大学公衆衛生大学院に留学したOさん(医師、医学博士)に講義していただきました。Oさんは既に日本で医師と医学博士を取得されている方ですが、公衆衛生に関心を持ちハーヴァードに留学し、公衆衛生(Public Health)の修士号を取得しました。立派な心掛けです。たまたま留学中にコロナ禍のパンデミックとなり公衆衛生の重要性が認識されました。

ハーヴァード大学公衆衛生大学院での女子学生比率は6割、学生は大学生時代様々な分野で学んだ方々です。ハーヴァード大学公衆衛生大学院のみならず、欧米の大学教育の分野の広さ、多様性があります。日本の大学と大いに違います。

Oさんは、ハーヴァード大学公衆衛生大学院に籍を置きながら、隣のMITで医療工学の授業を正式の単位として取得できました。また、ハーヴァード大学のビジネススクールの授業も取り、医療ビジネス、起業の方法(医療ヴェンチャー)などの授業も正式の単位として取得しました。

大学の中で異なる学部同士のネットワーク、他大学とのネットワーク、他分野とのネットワーク、留学生同士のネットワークなど日本では考えられないネットワークができたと喜んでいました。

日本の大学は「タコつぼ型」です。他大学とのコラボはありません。まして、同じ大学の他の学部の授業を正式な卒業単位として認めるこてゃほとんどないと思います。医学部であれ、工学部、理学部であれヴェンチャーを教える大学はないでしょう。日本の教授たちは明治時代の意識で、ヴェンチャーなどの発想はありません。逆に、ヴェンチャーなど邪悪な物と思っているかもしれません。(一部例外の教授もいますが)この程度の意識の大学、また、ヴェンチャーに資金提供しない銀行で、日本では新しい産業は起こりにくいと思います。

私が50年前ライス大学建築大学院に留学した時、既に建築と公衆衛生の2つの修士号を取得できるダブルディグリー・コースがありました。医療分野はライス大学の隣にあるテキサスメディカル・センター(世界最大の医療センター)にある複数の医科大学などの授業を取ります。病院建築の専門の建築家の養成です。また、ビジネススクールとの連携で、建築の修士号とMBAの二つの修士号を同時に取得できるコースもありました。建築は都市開発、不動産開発と関連しますので経営学の知識が必要で、こうした分野に進みたい方には最適なコースです。

さらに、知人の留学の話。パリ大学とロンドン大学のコラボで、1年づつ各大学院で学ぶと同時に二つの大学院の修士号を取得できるコースがあるとのこと。異なる国の大学間のコラボです。こうした事例を見ると(私は既に50年前から知っていましたが)日本の大学制度がいかに世界から遅れていることが分かります。文部科学省にも責任があります。箸の上げ下げまで指導します。個々の大学教授や学生は優秀です。しかし、大学のシステム(例えば女性教員が少ない、女子学生が少ない、異分野交流がないなど)として世界から評価されません。