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能登半島視察、復興祈願

7月25日と26日友人10数名と能登半島の視察をしました。金沢駅からバスで「のと里山海道」を北上しました。千里浜なぎさドライブウェイは砂浜をバスで通過。バスの重さに耐えるだけの砂浜に驚きました。福浦港で遊覧船に乗り巌門を見学。水面から半島の地質を見上げ、その造形美に感激。その後、宿泊地の和倉温泉に移動。海岸沿いに大型、高層のホテルが立ち並び、その背後に広幅員の幹線道路が配置され、電柱は地中化されています。途中に野球場程度の広さの公園があります。広幅員の道路の先端には飲食街が高い密度で立地しています。その一角に復興住宅が立地しています。暑い中ですが街中を散策。「のとミルク」というアイスクリームショップに立寄りました。長蛇の列でした。都市計画として見ると、上手に計画されています。

地元の方に聴いた話です。「電柱が地中化されていることで被災後も電気があり助かった。」「一方、水道が止まり、しばらく水で苦労した。」「自宅は半壊し、隣の家は無事、地震動は不思議。」「新たな自宅が明日竣功引渡し。うれしい。一方で、ご近所からヤッカミの目で見られないかが心配。」「自宅を建てたいが、年齢からすると借金を抱えることが心配」

翌日日曜日は能登島へドライブ。2本の立派な橋が架かっています。ある方の話「地元森首相の力で。しかし、人口2000人の島でこのような橋が二本も必要なのかしら。」とのこと。
輪島市を通り千枚田を見学。傾斜地に広がる田んぼの様子は、少しでも資源を有効活用するのだとの地元歴代農家の知恵の豊かさを感じました。輪島市では焼失した家屋跡がいまだ空地であり、近くに復興住宅が建っています。復興の難しさと被災者のご苦労がしのばれました。

金沢駅は観光客で賑わっていました。多くの観光客を金沢駅周辺だけでなく、能登半島、隣の福井県などにどのようにして誘導するかが大きなカギです。

防災面の感想です。各県(各自治体も)は防災計画書を作成しています。石川県の防災計画書を見ていませんが、2024年の地震被害を考えると、防災計画書がより現実的な、より具体的な内容で作成されるべきと感じました。

早い復興を祈りつつ金沢を後にしました。

福岡県議会の闇、政治、ポスト、金。港区では

福岡県議会元議長が、実力者に議長ポスト就任にあたり関係者の支援を得るための活動資金として大金を要求され渡したと公表しました。渡されたと言われる相手(議会の実力者)はその発言を否定しました。7月8日の新聞報道で、元議長吉松氏は、議長就任に際し自民党幹部に2000万円渡したとのことです。また、7月11日の新聞報道で、元副議長江藤氏は副議長就任前に自民党幹部に800万円渡したとのことです。7月12日の新聞報道で、議長選出に際し長年「多額の金」が必要という慣習があったとのことです。渡した相手は蔵内氏で福岡県議会の親分と言われている人物だそうです。ポストを金で買うという情けない福岡県議会の実態で情けないことです。福岡県議会のレベルはこの程度か、ということで情けないことです。大阪府知事、市長を勤めた弁護士、評論家橋下氏も選挙の前に2000万円を要求され、値切って1000万円を実力者に渡したと発言がありました。

自らの体験です。運命のいたずらで2000年から1期2004年まで港区長を勤めました。新聞報道などで選挙に金がかかるという知識を持っていました。一例ですが、1993年のゼネコン汚職で逮捕された茨木県知事は議会の実力者に8000万円渡す必要があったとのことです。私は、2000年6月の区長選を前に当時の菅谷区長から「後継者として出馬して欲しい」「今出馬しようとしている区議が区長になると区長室が談合部屋になる、助けて」と哀願されました。

私は「小規模設計事務所の社長で金はありません」とたかられないよう(実際そんな金はありませんが)釘を刺しました。当選後、菅谷氏から聞いた話「最初に出馬する際、地元の有力代議士大塚氏(元建設大臣)に4000万円選挙の取りまとめしてもらうため渡した」とのことです。法定選挙費用は800万円です。次の区長選挙で私が自分の意思で出馬する際には、4000万円を選挙に仕切りやさんに渡さなければならなと認識しました。学歴も知識も実績もない人物が金でポストを得て、威張り散らし、利権荒らしをすることは想像できます。私は3度の留学で世界最高の指導者から世界最先端の知識を授けられました。最初の留学は1969年アメリカ、オハイオ州のThe College of Wooste、年間授業料は現在6万1千ドル(1ドル150円として915万円)早稲田大学の奨学金をいただきました、2度目は1974年ライス大学建築大学院にアメリカ政府の全額支給の奨学金で留学しました。年間授業料は現在5万7千ドル(855万円)です。1971年スウェーデンの留学では設計事務所でインターンをし給与をいただきました。ライス大学の指導教官ピーター・ロウ氏その後ハーヴァード大学大学院長に就任、修士号審査教授はアデール・サントス女史(その後MIT大学院長に就任)、スウェーデンではスウェーデン・インテリア建築家協会長を務めたカール・クリスティアンソン氏が指導者です。自ら金額にして相当な投資をしました。博士論文の審査教授は都市計画の日本のリーダー横浜国立大学小林重敬教授。世界中にネットワークを持っています。今さら金を誰かに渡してポストを得ようなど考えません。出版は20冊(共著、翻訳含め)、小論400本(うち学会の審査付き論文は国内7本海外9本)の実績があります。福祉、医療、教育分野など様々な分野で論文を書いています。

港区長時代、噂で聞いた話(港区政の事情通の方から)です。「以前、議長になりたい方が有力者に金を渡した」と耳にしました。また、「2000年、港区長選挙に出馬しようとした区議は某開発業者から3000万円調達してもらったそうです。」一方、「当時の港区議会の親分は5000万円で区長選挙を仕切る腹積もり」だったそうです。恐ろしい話です。私の場合、①突然だったこと、②哀願され出馬するという立場、③金を持っていないと釘を刺したこと、④私自ら公正に選挙をして下さい、会計は明朗にと注文を出したこと、で好ましい選挙戦だったと思います。選挙を仕切って下さった自民党の幹事長曰く、「区長選で会計帳簿を付けたのは初めて」だったとのことです。一期で退任しました。大金を調達し選挙に出ることは私の価値観に反するとの判断が理由の一つでした。出馬しない理由を多くの方から尋ねられましたが、なかなか本当のことを言えません。他にも理由はありましたが。

港区政の怪、区長が区長でない。意思決定のプロセスがブラックボックス。

四半世紀前の話です。2000年4月。当時の港区長菅谷氏から6月の区長選挙に後継者として出馬して欲しいと哀願されました。私は、翌年大学教授に内定していること、政治家になることに関心がないこと、朝日新聞社長、元最高裁判事、警察官僚などに友人がおり、そうした人間関係から政治家として向かないと説明しお断りしました。しかし、菅谷氏「出馬しようとしている区議が区長になると区長室が談合部屋になるので阻止しなければならない」「困っているので助けて」と哀願され、引き受けることとしました。

菅谷氏は「原田さんのお好きなように、私は院政を敷きません」と語りました。就任後、すべて嘘であることが分かりました。様々な場面で干渉してきました。

区長就任前、菅谷区長から「何かの時は助けてもらえ」と麻布十番にいるK氏を紹介されました。区長就任後、情報交換のためK氏を訪問しました。しばらくしてK氏が「部長人事はこの案でどうか」とメモを見せられました。内心「人事は原田区長の専権事項」、なぜ、民間人のK氏が港区の幹部人事に口を出すのか分かりませんでした。???

大型公共工事について「この案件はX建設で決まり」と語りました。内心「発注者は原田区長」、なぜ、一民間人が公共事業の建設業者選定に口を出すのか分かりませんでした???

ある時K氏は「奥さんに毎年1000万円さしあげます」と言われ、即お断りしました。

次の区長選を控えた2003年12月、妻がK氏に呼び出され「来年6月の区長選挙に対抗馬が出ます。原田さん選挙で負けて経済的に困るでしょう。子供もまだ小さく教育費にお金もかかるでしょう」と脅し文句を言われました。

その他、某区議から聞いた話「区議選に出馬する際、K氏から事務所に来るように言われ行くとお金を渡されそうになり、即、お断わりした」、また、別の区議から聞いた話「区議選に出馬する際、K氏からある町会の組織票をあるので買いませんかと言われ、即、お断りした」と私に語りました。

2000年、現区長清家さんが区長選に出馬しようとした際、清家さんはK氏に呼び出され、「今コロナ加禍で大変だから今回は出馬をあきらめたほうが良い」と説得されたとある区議から聞きました。

港区政で、意思決定プロセスがブラックボックスでした。ばかばかしい限りでした。最近の事情は知りません。

海外留学に関し賢者の反応、愚者の反応

学生時代の3度の海外留学についてです。受験のため膨大な応募書類を作成します。TOEFLEなどの英語の検定試験を受験します。大学院入学申請の場合はGREと称する英語(語学)と数学の一般的な能力を確認するための試験も受験しなければなりません。留学試験の当日、小論文や英語によるインタビュー試験を受けます。相当なストレスがかかります。心臓がドキドキします。

無事留学試験の合格し、留学先に行きます。日本人一人です。その環境に慣れなければなりません。教授や友達と親しい関係を作らなければなりません。勉強は日本の大学に比ではありません。多くの宿題をこなし、レポートを作成しなければなりません。

留学により、世界最先端の勉強ができます。また、現地の学生や多くの国からの留学生と友達になります。大きな財産です。

東京都や港区は留学生の支援を政策に取り入れました。良いことです。井の中の蛙になってはいけません。

賢者は、そうしたことを理解し、留学体験に対し敬意を表してくれます。一方、愚者はそうした状況を理解せず、「自慢話をしている」で終わります。残念です。