映画を久しぶりに見ました。パリの「新凱旋門物語」です。建築が作られてゆくプロセスの実話です。私自身の建築が作られるプロセスを含め多くの建築家の設計、建設プロセスを体験している立場から楽しく映画を観賞しました。
1980年代、ミッテラン大統領はフランスの復興を目的にグランプロジェ(大規模公共事業)を仕掛けました。それらが今や世界的観光名所になっています。映画の主題の新凱旋門、新オペラ座、ルーブル美術館のガラスのピラミッドの入口などです。パリに建築の名所を多く作り、世界中から観光客を呼び込もうとする大プロジェクトです。こうした発想は日本でも必要です。
パリのグランプロジェの建築家選定は、日本の公共事業と異なり「オープンな国際コンペ」で建築家を選定します。また、公共事業を仕切る役割は、日本では総括責任者はいませんが、フランス含め欧米では「チーフアーキテクト」という責任者がいます。フランスでは建設大臣と言ってもよいです。政治家でなく行政職です。当時はベルモン氏(私の恩師の菊竹清訓氏の友人で、氏は若い時東京港区のフランス大使館の設計を担当しました)です。
映画を①建築設計の観点、②映像の観点、③パリの建築や景観の観点からの感想です。
まず、建築設計の観点です。国際コンペでデンマーク人スプレッケルソンの案が選ばれました。そのプロセスは建築家を公平性、透明性、アイデアの革新性等の観点から理想的です。日本の公共事業でも建築家の選定に設計コンペかプロポーザル制度を採用すべきです。入札だと価格だけで決定しますから、その公共性に適当でない建築家(建築事務所)が選定される恐れがあります。また、談合の恐れもあります。欧米やトルコなどではコンペが主流です。海外では、その国以外の建築家が設計を担当する事例が多くあります。オランダのハーグ市庁舎はアメリカ人、ヘルシンキの現代美術館はアメリカ人、カナダのトロント市庁舎はフィンランド人、ロサンジェルス美術館は日本の磯崎などの事例があります。
スプレッケルソンのアイデアはキューブで、中空に雲が浮かんでいるというイメージです。自分のアイデアを追求する姿、そのアイデアはミッテラン大統領も支持します。設計協力者としてポール・アンドリュー(ドゴール空港などの設計者)は予算と工期の観点から設計の修正を主張します。また、事業担当の官僚も自分の立場から、予算、竣工式などの政府の行事の工程を考えながら意見を主張します。3人三様の考えの衝突はよくあることです。事業性を考えれば、中空の空間をオフィスで埋めれば、採算性が良くなります。
ミッテラン大統領は、スプレッケルソンのデザインを気に入り、自ら「パリの景観を保護し、創造するのは私の使命」との発言は日本の首相や都知事に聴かせたいセリフです。一建築家と頻繁に面会する様子は、こうした公共事業への力の入れ方を示す良い例です。特に外壁にイタリア産の大理石(夕暮れに淡いピンクになる)を使いたいと考え、ミッテラン大統領と意気投合し、スプレッケルソンはイタリアの石切り場まで調査に行きます。しかし、予算が許しませんでした。
2番目に映像の観点です。まず、配役、ミッテラン大統領役の俳優、ルーブル美術館のピラミッドの入口を設計した中国系アメリカ人建築家のペイ役の俳優は、雰囲気が似ていました。1980年代のパリを想像させる車、新凱旋門が立地する新都心のデファンスの工事現場の映像、ルーブル博物館のガラスのエントランスの工事現場の映像など、当時の映像を借用したのか、または、コンピューターグラフィックなのか分かりませんが、見事な映像です。
3番目にパリの建築や景観の観点です。ミッテラン大統領は「パリの景観を守るのは私の責任」というセリフは日本の首相や東京都知事に聴かせたい言葉です。映像でパリの景観は美しいの一言です。道路沿道には電柱がなく、高さがそろい、緑あふれる都市空間です。映像に出て来る建築のインテリアの装飾、天井高さ等について、部屋のインテリアの装飾は素晴らしいです。天井高さは4メートル以上あります。
スプレッケルソンは、3者三様のトラブルで途中で辞任し、また、病に倒れ、完成を待たずに亡くなります。気の毒な結末でした。