肩書きすべての世界と一匹オオカミの世界

都政新報という東京都庁、23区、26市の職員などを対象とした専門新聞があります。そこに東京都庁のOBで「退職後のリアル、しくじりOBの教訓」というコラムに金子雅臣さんという方が自らの体験を書き、後輩たち現役の公務員に助言のメッセージを送っています。5月8日号に「肩書きが全ての世界で」というタイトルで、都庁は(他の官庁でも大手民間も)肩書きが人間の序列を構成するという虚構の世界である」と書かれています。都庁で幹部になるということは、能力、努力、運などの重なりの結果と思います。ましてや局長ともなると、選ばれたエリートでしょう。私の友人も多くが局長になりました。一方で、能力を持ちながら、管理職になるとマネジメントや議会対応に追われ本来の専門分野が生かせなくなるとのことで非管理職で頑張っている友人、仲間もいます。それも人生です。

一方、組織が合わず(上記の事情も理由の一つ)個人で頑張ろうとする人もいます。私もその一人です。組織の方からすると、個人で活動する人間を評価しようとしない方がいます。率直に言うとバカにしてかかる、軽蔑してかかる、見下す方が少なからずいます。

私事ですが、私は3度の海外留学で世界のトップクラスの指導者の下で勉強しました。(留学先の指導教官は後年ハーヴァード大学大学院長、修士号審査教授は後年MITの大学院長、スウェーデンの指導者は後年スウェーデン建築家協会長、日本で世界レベルで評価されている日本の代表的な建築家、菊竹清訓氏)都庁の局長は優秀ですが、留学体験者はいないでしょう。世界のトップクラスの指導者の下で勉強した体験者はいないでしょう。資格を持っている方は少数でしょう。

私は自らスケッチを描き、建築計画を企画、立案、模型を作り、図面を作成、現場監理をします。都市の構想を描きます。デザインをし、調査研究を自らします。学会論文、政策論文も相当書きました。ワープロもA-4、1枚5分で打ちます。一人でこれだけの分野をこなせる幹部はいないでしょう。海外の著名人と肩書なしで交流しています。海外では組織の名前や地位よりも、個人の経歴、資格がものを言います。組織の幹部は自ら作業をしませんし、マネジメントが仕事となります。自ら作業するより発注者の立場になります。私は自ら作業をする、かつ、実践するタイプです。そうした人間がいるということを大組織になると理解しない、できない方がいることが残念です。肩書なしで世界中、著名な方、指導的な立場の方と交流してきました。私は個人の能力が全てという考え方です。

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