ブルガリア、ソフィアの報告、この間の変化

初めてソフィアを訪問したのは、1994年、私の実務上の恩師の菊竹清訓先生にお誘いを受けご一緒させていただきました。当時、共産党政権が崩壊し、民主化の道をたどり始めた時期です。夜、中心商店街を歩くと真っ暗。唯一の大型デパートに行くと、照明は暗く、高い天井、大規模な空間に客はほとんどおらず。店員もサービス精神がないという状態でした。空港は老朽化し、トイレはうす暗く、規模は日本の地方空港並み。今は新築され美しい施設です。

当時は入国にヴィザが必要でした。(ヴィザをもらうのに1か月要しました。また、入国時に証明書の発行を受け、イエローペーパ、泊まったホテルなどの証明スタンプを押してもらう義務があり、出国時にそれを提出、もし、紛失すると厳し尋問が待っています)今は無用。入管で若い審査官が入国目的を尋ね、私が「国際学会」と英語で答え、すると「英語がお上手ですね」と英語で回答、さらに笑顔で「ありがとう」と日本語で挨拶を受けました。サービス精神旺盛と感じました。日本の入管職員も参考にすべきです。

税関は3人(男性2人、女性1人)立って見ているだけ。乗客は皆フリーパス。

ホテルにチェックインし、(四つ星ホテルで日本のシティーホテルのような雰囲気)カウンターで地図をもらい、ホテルの位置を確認、その他、以前も街歩きした場所を確認しました。驚いたこと。1、地図に市役所の位置が描かれていません。前回は女性市長と面会したので場所を覚えていますが。日本や西側の地域であれば市役所は必ず表示されています。2、旧共産党本部の建物。90年代まで共産党本部だった建物は市内で最も大きく、国民を睥睨、監視する役割を担っていました。(建築デザインが発信するメッセージは大きな役割があります)今はおそらく民間企業の建築として使われているのでしょう。(同席したポーランドの若手建築家によるとワルシャワでは共産党本部の建築は証券取引所になっているとのことです)

道路はガタガタ、車で走ると振動を感じます。インフラのメンテが上手にされていない印象です。ストイロフ氏、学生に経済状態を尋ねると、結構厳しいという回答。ホテルのロビーでジュースを注文し、ユーロで支払おうとしたら、ブルガリア通貨のレヴァで支払ってくれと言われ、驚き。ユーロで決済と思っていましたら庶民の生活は現地通貨のようです。これもポーランドの建築家に聞いたら、ポーランドも10年前にユーロ圏に参加したが、庶民は相変わらず現地通貨を使っているとのことです。

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