終戦の日に思うこと、事実を知ることの大切さ、自由な意見交換の大切さ

8月15日の終戦記念日を中心に太平洋戦争について多くの識者、マスコミが論評します。私は1969年8月27日深夜早稲田大学の交換留学生として羽田を発ち、28日昼、サンフランシスコの対岸にあるオークランド空港に到着しました。飛行機(たぶんDC8だったとおもいます)からタラップを降りる時の気持ちは、厚木飛行場を降り立つマッカーサー元帥のような恰好で降り立つというものでした。アメリカ人の友人のお父上のご案内でタクシーに乗り、オークランドの市街地に向かいました。何車線もある高速道路、行き交う大量の大型乗用車、街の高層建築などが直ちに目に入りました。建築学科3年生の学生で、国際政治、経済、国防政策のド素人ですが、オークランドという中小都市を見ただけで、アメリカは喧嘩する(戦争する)国でないと悟りました。サンフランシスコ郊外にあるアメリカ人の友人の親戚宅に招待されました。広い庭でのバーベキューーパーティ、大きな住宅、豊富なメニューの食事。当時の我が家はというと都内で2Kの木造都営住宅、まだ、下水もない状態。よくも経済力あるアメリカに戦いを挑んだ愚かな指導者、ばか者に意見を言えない取り巻き(マスコミ含め)がと思いました。相手を直接見る、現場を直接見ることの大切さを知りました。

特定のリーダーの声で大切な方針が決まる恐ろしさ。自由に意見を交換する大切さを感じました。声のでかい人物の意見が簡単に通ってします事例は、最近のボクシング連盟、日大アメフト、東京医科大、少し前の東芝、オリンパスなどの事例があります。港区議会も知識教養政策力でなく声のでかさで議事が進行されました。日本の文化大好きですが、一方、自由な意見交換ができない環境は日本文化の大きな欠陥です。アメリカでの2度の留学生活で体験しましたが、自由に意見を言い合うことの大切さ、相手の意見を聞く丁寧な態度、冷静に意見交換をする真剣さを体験しました。研究者もスポーツ選手もビジネスパーソンも皆アメリカに向かいます。学ぶことが多いということです。アメリカについて触れると、嫌な顔をするバカな港区議や港区幹部職員を思い出します。

 

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