懐メロ・困難な時耳にした曲・異文化理解不能な最高幹部

懐メロ、個人個人で異なります。感激した曲、元気をもらった曲、何かの時耳にした曲。困難な時勇気をもらった曲。私の場合、小学校、中学校、高校時代に感激した曲がいくつかあります。特に大学時代、留学した際、徹夜でレポート書き(困難な場面で)している時に耳にした曲は忘れられません。50年前アメリカ、オハイオ州The College of Woosterに留学中、アクエリアスというテンポの良い、のりの良い曲、歌詞は覚えていませんが、何度も流れてくる曲なのでメロディを覚えてしまいました。ガールフレンド?が口ずさんでいたガーシュインの「サマータイム」も覚えました。

1971年スウェーデンに留学した際、設計事務所で図面を製作中にラジオからスウェーデンのジャズが聞こえてきました。いくつかメロディを覚えました。曲名は不明ですが。スウェーデンジャズというジャンルを体験しました。

1974年テキサス州ヒューストンのライス大学の建築大学院に留学した際。試験の出来が自信なく、アパートに戻り自信喪失に陥った際「サニー」という曲がラジオから流れてきました。短調でリズム感の良い曲で、気分がめいっている時でしたからサニーの曲でずいぶん元気を取り戻した感覚を得ました。南米からの留学生がいましたので、ラテンソングの定番、べサメムーチョ、キサスキサスなど教えてもらいました。

カラオケはもともと数年に1回程度付き合いで参加する状況ですが、上記の歌が頭をよぎり、上手い下手は別として「義理」で歌います。港区長時代、地域のイベントなどでお付き合いで歌わされました。私の場合、無理して、気取って、外国の歌を歌うのでなく文字通り私の人生に関わった歌として上記の歌の一部を歌いました。すると、最高幹部から「日本の歌を歌え」とお説教。港区は異文化理解を謳いつつ実は異文化理解が全くできな幹部がいました。

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