港区長秘話その1:出馬と不出馬

港区長を平成16年6月27日に退任し10年が経過しました。貴重な体験でした。十分仕事させていただきました。当時の記録を基に、当人しか知らないことを書き留めます。事実です。

その1です。出馬要請と不出馬養成です。

平成12年4月14日9時半に港区長室に来てほしいと要請があり、訪問しました。病気引退を表明しているS区長が「区長になってほしい。区議で区長になりたがっている人物がいる。問題あり(おそらく利権屋と認識した)、そいつを外す。皆が原田さんを応援する。」と出馬要請でした。

私は「政治に関心がありません。平成13年某大学の教授に内定しています。組織も金もありません。」とお断りしました。数日後、影響力ある複数の方々から電話や面会を受け、強く出馬を要請されました。そこで、若い時多くの方にお世話になった恩返し、社会貢献の時と判断し、出馬を受諾しました。私がS区長に出した条件は「真面目に仕事します。不正を見つけたら正します」、S区長「原田さんのお好きなように。私は院政を敷きません」と回答でした。(後年言行不一致であることがわかりました)

3年半後の平成15年12月「原田さんは真面目過ぎる、仕事し過ぎる、インテリ過ぎる、だから辞めてくれ」でした。対抗馬を出すとも言われました。混乱を避けるべく、また、バカバカしいので出馬しないと決断しました。

 

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