終活

死生観について、独自のものがあります。20代の時、3回海外留学をし、先生、友人、関係者に大変親切にしていただきました。別れの時が来ます。つらい気持ちでした。当時は経済的理由(大卒の初任給3万円でロスまでの飛行機代が27万円)、通信状況(国際電話1分360円)から、2度と会えない、2度と電話で声を聴ない、つまり、永遠の別れでした。死別と同じ状況でした。多くの親しい方と死別したといってよい状況でした。65歳になりそろそろ人生の後半生をどう生きるか、どのように最期を迎えるかを考えなければなりません。

子供には、数年前に、すでに、私の葬儀の方法、式次第を渡しました。葬儀の際の配布資料も自ら作成します。留学の時の資料や写真、業務の資料、港区長時代の資料、国際会議の資料、個人で収集した資料など膨大な量です。学生時代から営々と収集している資料もあります。周囲に迷惑をかけないよう、整理をします。相続は財産が有りませんから心配ありません。せめて借金だけは残さないようにします。

今後、デザインワークを数点、論文執筆2、3件、著書出版2,3冊を計画しています。

もっとも、計画を立てても、計画通り進まないのが人生の面白さ、不思議さ。実際、様々、予定外、想定外のことを体験しました。自分の学習歴からすると、教職が最も適わしいと思っていましたが、全くお声はかからず。政治家は全く関心がないのにある日突然頼まれ、といった具合です。想定外の分野で仕事を依頼され、その研究が続き、博士論文を書きました。

 

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