人生の運・出会い・運のつかみ方。

70年生きてきて、小学、中学、高校、大学、そして留学先の仲間の人生を眺めると、「運命のいたずら?」で様々な人生があり、今となってはやはりあの人だからこうなったみたいなことが分かり、何となく「運命鑑定家」になれるかもわかりません。

週刊文春で日本のスターコメディアンの萩本欽一が自らの人生体験を基に「運」のつかみ方についてエッセイを書いています。代表的な部分を紹介します。19年10月24日号で「運に対するセンスを磨け」、19年12月5日号で「運は真後ろからやってくる」「想定外の場所から来た人こそが自分を今より遠い場所に連れて行ってくれる」、20年6月4日号で「良い上司、先輩に出会うこと」(問題はそれがだれかということ)「この人は信頼できるぞというしっかり見定める視点を持つことが大切」「どんなにいい人に見えても(特に肩書だけの人物など)なるべくついてゆかないようにした先輩もいる」など教訓に富む体験に基づく教訓です。私も納得です。

国民的スターと私の活動次元は異なりますが、指導教官などの助言(ある種の機会)をどのように受け止めたかということです。指導教官や先輩や助言は基本的に平等に与えられると思います。「機会は平等に来ます。」問題はそれを機会ととらえ実践するか、単なる指導者の会話(程度)ととらえ聞き流すかの違いと思います。

その逆もあり、おかしな話(わけのわからぬ儲け話とか、理不尽な要求など)に対し、うっかり乗るか、あるいは、断る、距離を置くかです。うっかり乗るとそのあと生じる結果は大変なことになるでしょう。「おかしな話も平等に来ます。おかしな話と判断する能力が必要です。おかしな話には乗らない」ことです。そういう輩とはきっぱり縁を切ることです。

そして、機会が訪れた時、それに乗る準備態勢、能力の蓄積が必要です。常に自分を磨くことが必要です。私事で恐縮ですが、大学3年生の時交換留学でアメリカに行きましたが、英会話は18歳、1年生の時から準備していました。また、港区長選挙出馬を懇願された際、もともと区長など政治家になる意識はありませんでしたし、政治経験はありませんが、建築、都市計画の専門知識に加え、教育・福祉などの専門論文を多く書いていました。おそらく全国1700人の首長の中で教育・福祉分野で専門論文を書いたり本を出版した方は少数と思います。区長就任前、多くの欧米の自治体を訪問したり、議会の傍聴など特別な体験もしました。こうした体験をした方も少数と思います。

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