レガシー、成功例1980年代のパリの大プロジェクトに学べ。

東京オリンピックの施設建設や豊洲の施設建設について東京都民ばかりでなく、全国的に問題、話題になっています。知事はレガシー(遺産)について触れています。20年、30年後にレガシーとしてそれぞれの施設が耐えうるかです。1964年の東京オリンピックの際は丹下先生の代々木のオリンピック施設が現在でもレガシーとして高い評価をされています。現在議論の俎上に乗っている東京都の施設は果たして50年後のレガシーになるか、おそらく否でしょう。レガシーという点で学ぶべきは1980年代、フランス大統領ミッテランが進めたグランプロジェ(大プロジェクト)です。そのすべてがパリのレガシーとなり、現在国際的な観光名所になっています。ルーブル美術館のガラスのピラミッド(設計アメリカ人ペイ)、新凱旋門(デンマーク人スプレッケルセン)、新オペラ劇場(カナダ人オットー)、アラブ研究所(フランス人ヌーベル、汐留の電通本社のデザイナーです)、ラヴィレット(旧市場後)の音楽院(フランス人ポルザンパルク)、オルセー美術館(イタリア人アウレンティ)、国立図書館(フランス人ペロー。ペローデザインの椅子を購入しました)、大蔵省(セーヌ川にせり出した大胆なデザイン。日本なら河川局は猛反対するでしょう)、ラヴィレット公園(スイス人チュミ)、ラヴィレット公園内の科学博物館、大胆なデザインの市営住宅(スペイン人)、セーヌ川沿いのシトローエン公園などです。

当時大統領府の建築長はベルモン氏。日本にはこうした組織制度がありませんが、たとえて言うと、建設大臣のような立場。氏は私の実務の恩師菊竹清訓先生の友人で、ご紹介いただき親しくさせていただきました。パリ訪問の際いつもパリをご案内いただきました。グランプロジェの話を直接聞かせていただきました。プロジェクトマネージャーのような立場。国際コンペを仕切り、そのプロジェクトに相応しい建築家を海外から、また、フランスの若手から選抜しました。今や大プロジェクトはパリの、そしてフランスの重要な観光資源です。東京都や日本政府にはこうした考え方がありません。海外の優れた制度を参考にすべきでした。1,2年で交代する幹部人事では、10年もの間優れたデザイン、積算を責任もって担当するのは不可能です。建築家選定のプロポーザル制度、コンペの制度をしっかり勉強し、かつ、適切な審査方法をしっかり勉強すべきです。日本の審査の場合、有名人とか大学教授に偏る傾向にあります。

レガシー、成功例1980年代のパリの大プロジェクトに学べ。」への1件のフィードバック

  1. 伊藤 寛

    私は、パリのラビレットの科学博物館とフランス大蔵省は見学に行きました。ブログに書かれているような背景があったことは今回初めて知りましたが、実はこれら2つ(定かではありませんがオペラ座もそうかもしれませんが)の建物の空調設備には大規模潜熱蓄熱システムが導入されていて、昼間の電力をできるだけ使わずにくうちょうができるようになっています。科学博物館が92GJ,大蔵省が100GJの規模の冷熱を深夜電力で蓄えて、昼間に使うようになっていました。潜熱蓄熱システムはフランスのソフィアアンティポリスの国立の研究所で開発され、当時32歳くらいのエンジニアがベンチャーで起業した会社(従業員18名でした)が担当していました。原田先生のブログで、この技術が採用された背景が少し理解できたように思います。小生は勤めていた会社がその技術の日本導入に関わっていたこともあって、それから約20年関係していました。なお、その技術は日本でもみなとみらい、ビッグサイト、ヤフオクドーム、名古屋駅前などの大規模空調用熱源として採用され、今も使われています。

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