スウェーデンで学んだこと、税、ニクソンショック、日本からのニュース、毅然たる態度…

スウェーデン大使館のパーティで様々な世代の方とお話をしました。昔話を思い出しながら会話しました。

1 ニクソンショック、ドルの価値の低減、留学中の1971年8月15日、ストックホルムの銀行の外国為替が閉鎖となり、ドルの交換をしてくれませんでした。歴史的な日に自らドル交換不能という体験をしました。国際経済、為替など建築学科の学生として門外漢ですが、体験し学びました。貴重な体験でした。

2 消費税、所得税。私が区長に就任した際、周囲は「原田は建築屋だから税のことなんかわかんないだろう」と思ったと思います。1971年スウェーデンの消費税は9%、所得税は保険、年金込で50%。今は消費税25%。所得税と保険で1000万円の年収の場合で73%。税について意識啓発され、かつ、そうした税の体系の社会を体験しました。酒、たばこ、車などの税は高額です。さらには、1969年と1974年2度のアメリカ留学で、アメリカでは市役所ごとに消費税が異なります。アメリカでは市議会が消費税率を決めます。毎年変わります。(市議会議員は税の理解力がないと務まりません)消費税は基本的にすべて市税です。日本ではほとんど国に持って行かれますが。私は税に対して意識は高いです。港区の区長、副区長、税務課長はこのようなことを知らないでしょう。

3 日本からのニュース。1971年9月17日付、スウェーデンの新聞の一面に大き「成田闘争で3人の警察官が殺される」と報道。また、ラジオで日本の第四党(当時)と思いますが、公明党の竹入委員長が刺されたと報道。日本からの報道が多くありました。新聞記事あります。

4 文化、芸術の報酬の高さ、異文化理解。スウェーデン政府の賃金統計資料を入手しました。俳優、音楽家、バレリーナなど文化芸術分野の職業の給料が高いので驚きました。私が都知事かNHK会長なら、東京都交響楽団、N饗の団員の給料は今の3倍か4倍にします。私もデザイン事務所で勤務し、高給をいただきました。異文化理解で、毎月数本公民館で日本の映画、中国(共産中国です)の映画など上映していました。東京でこのような異文化の英語上映はほとんどないです。賃金統計表持っています。映画上映のポスター持っています。

5 毅然たる態度。1971年留学中に北朝鮮の一等書記官が麻薬持ち込みで空港で逮捕、強制送還されました。当時はバカな外交官がいるもんだと思いましたが、当時から北朝鮮は麻薬ビジネスをし、ヨーロッパで売りさばいていたのでしょう。スウェーデン政府は毅然たる態度でした。20年くらい前ロシアの潜水艦がスウェーデンの領海に侵入、漁網にひっかり操縦不能となりました。スウェーデン海軍は「直ちに浮上せよ、出ないと爆弾を落とす」と強硬な態度。浮上した潜水艦艦長に謝罪させました。ウクライナ、チェルノブイルの原発事故の際、旧ソ連は例ののごとくかたくなに秘密を守り事故後1週間公表しませんでした。スウェーデンが大気中の放射脳を観測し、ソ連に原発事故があったのだろう、正直に言えと迫り、ソ連は公表しました。日本政府関係者なら穏便に、まーまーというスタイルかもしれません。こうしたスウェーデン人の毅然たる態度は港区長時代の私のスタイルでした。スウェーデンから良いことを学びました。

6 役人は公僕、情報公開、検閲なし。スウェーデンの役人は公僕、市民、国民に仕える立場という認識です。親切です。日本は官の立場は伝統的にえばる立場です。能力もないのにただえばり散らす役人を少なからず知っています。役人が公僕だから、福祉も医療も教育も無料でサービス精神豊かに国が担当できます。日本なら公共サービスが無料になったら「注射うってやるよ!」と言った態度になるでしょう。30年前の国鉄の慇懃無礼な職員を思い出してください。検閲はありません。判断するのは国民です。新聞でも雑誌でも映画でも、死体の写真やオールヌードの写真が掲載されます。官は一切口出しません。国民の熟度が高いということでしょう。

 

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