1998年建築基準法解説本を書き「民間人のくせに生意気だ」と耳に。

1998年、理工系出版社オーム社から急な依頼で「改正建築基準法の解説本を書いてほしい」と依頼がありました。執筆期間は何度1か月。知人の東京都建築指導課職員のSさんに協力してもらい、2人の共同作業で何とか1か月で書き上げました。出版後、旧知の東京都建築指導部監理課長Mさんから「部下が、原田という民間人が建築基準法の解説本を書いて生意気だと言っているけど、気にするな」とご注進がありました。驚きました。公務員が民間人に対する侮辱です。官が偉い、民間人が法律の解説本を書くなんでとんでもないという意識がとんでもないです。東京都の公務員は一般的に優秀です。しかし、民間にも多くの優秀な専門家がいます。また、様々な経験を持っている民間人が多くいます。そういう認識がなく、ただ公務員というだけで民間人を卑下する公務員は困ったチャンです。研修所、上司などが徹底し思想教育すべきです。

原田さんはダーティーハリーみたい。

1974年、フルブライト留学する前、知人のご夫妻からご自宅に食事に招かれました。ご主人はスウェーデン人、奥様は日本人です。スウェーデン留学の思い出話や、建築デザインのこと、社会事象のことなど様々な会話をしました。その時、奥様から「原田さんの話を聞いていると、原田さんはダーティーハリーみたいですね」と言われました。私はダーティーハリーのことを当時知りませんでした。「ダーティーハリーとはなんですか?」と尋ねました。奥さま曰く、「アメリカの警察官で、警察内部の不正に果敢に立ち向かい、不正を重ねる同僚警察官を成敗する正義の警察官の物語」とのこと。数年後、ダーティーハリーの映画を実際見て、なるほど、同感と思った次第です。港区長時代、区役所で私はダーティーハリーのような役割を演じていたかなと感じております。私を後継者に口説いたS元区長、私の性分をしらず、とんでもない人物を選んだのかもしれません。私は口説かれた際S氏に「真面目に仕事します、不正を見たら正します。それでよいですね」が私の発言でした。

鬼畜米英からアメリカ大好きに、我が両親。

私の父親は大正8年生まれ。1919年。太平洋戦争では駆逐艦の水兵。米軍の射撃で足を負傷しました。母は昭和元年生まれ。娘時代、B29 の空襲で逃げ回りました。英語は敵性語という理由で学びませんでした。

時が経過し、1976年、両親は私の留学地のヒューストンに私を訪ねて来ました。友人のTim Watson君が「是非泊まってくれ」と彼の家にホームステイさせてもらいました。Timの父親はB29のパイロット。出撃中、日本上空で撃墜され(まぐれでしょう)遺体は不明。Tim曰く、「日本そのものが父親の墓である」とのこと。親が戦争し、子供は親友。

私の両親はTim夫婦に大変温かいもてなしを受けました。また、私自身がアメリカ(奨学金で)に、また、留学先の大学、友人に親切にされていることを認識しました。両親はTimの自宅(良好な住環境の地域)周辺で散歩していると見知らぬアメリカ人から「Good morning, How are you?」と気楽に、親切に声をかけられ、アメリカ人の親切さ、陽気さに偉く感心し、アメリカが大好きになりました。もしかして一部の方からアメリカかぶれと言われそうですが。父親からすれば、戦争中戦っていたアメリカに来て、親切にされ、あの戦争は何だったのかと、腹の中で呟いていたと思います。私も帰国後、父親が周囲の方にアメリカはすばらしい国だとべた褒めの発言。戦争中、欧米を礼賛する発言はタブー。英語は禁止。野球で、セーフは良し。アウトはダメ。本当にダメな社会、組織でした。言論の自由を許さない体制を許せません。私はアメリカとスウェーデンで、発言の自由を徹底し鍛えられました。

戦前の軍事独裁政権の愚かさ。困るのは人民。最近の東芝、オリンパス、一昔前のJAL,国鉄、一部役所。社長、トップはバカの塊。知識の欠如。無能であるにもかかわらずその地位にいること自体が目的かしたバカなトップ連中。また、ばかなトップを批判できなかったバカ社員や部下の責任もあります。バカなトップの発言を聴きたいです。マスコミがそうした役割を果たすべきですが、果たしていません。トップの選び方を考えるべきです。港区長時代、見たくもない、ばかな幹部や政治家を見ました。もちろん、すばらしい方も多くいますが。

銀行とのおつきあい、問題だらけ、銀行員はまともか?

31歳で独立自営、約40年近く設計・コンサルタント事務所を経営してきました。若干のスタッフはいますが、私個人の事務所という程度の零細規模です。いくつかの銀行、銀行員とお付き合いしてきました。共産党など資本主義・銀行嫌いの政党の言葉でありませんが、晴れている時に傘を貸してやると言い、雨の日に傘を取り上げる、というたとえ話は本当だと思います。

事務所設立時、父親の紹介で富士銀行に口座を設けました。最初の段階で、資金繰りの都合で当時の国民金融公庫から300万円借り入れました。その後、三和銀行溜池支店の営業マンが飛び込みで弊事務所に来訪、ぜひ口座を開設してほしいと言われ、新規に口座を開設しました。弊事務所の隣に太陽神戸銀行六本木支店があり、毎日のように営業が来訪、根負けし口座を開設しました。友人の営業で埼玉銀行赤坂支店とも口座を開設しました。三井系の会社とお付き合いがあり、三井銀行六本木支店に口座を開設しました。

1986年頃、港区役所の金利支援による融資支援の制度を活用し、三井銀行六本木支店と実績作りと思い、融資に申請に行きましたら、ロビーで待たされた挙句、本日担当者がいませんのでお帰り下さい、と侮辱的な対応をされました。三井銀行と付き合うのを止めました。行員の失礼なマナーを支店長にアッピール。支店長が一人で謝罪にすっ飛んできました。

1988年、ニューヨーク市へ出張するので、隣にある太陽神戸銀行六本木支店に、ある朝ドル交換に行きました。「今ドルがないので午後まで待ってほしい」と言われ、驚きました。外国人が多い六本木で、銀行にドルが置いてない有様です。取引止めました。

時はバブル時代、三和銀行の営業マンが来訪、2000万円融資します、それで保険に入り、半年後に解約し、お金が戻り、有利な資産運用になりますとの説明がありました。金融商品に関心がないので融資を受けませんでした。その後、バブル崩壊。もし、融資を受け保険に加入していたら大変な損害があったはずです。

私の仕事の多くは公共事業。たとえば6月に1000万円の契約をすると、翌年3月に業務が終了し、4月に契約金が振り込まれます。その間収入は一円もありません。したがってこの間の資金繰りのため(スタッフや自分の給与、外注先への支払いなど)ある程度の額を銀行から融資を受け、事務所運営をします。特に12月の賞与の時には銀行の融資が必須です。毎年お金を借りては翌年春に返済しの繰り返しです。

1998年、貸しはがしという社会事件がありました。12月三和銀行の営業マンに、「また、私の定期預金を担保に1000万の借入お願いします」と申し入れしました。すぐOKと返事。その翌日、「貸せない」と連絡がありました。豹変。貸しはがしです。私は三和銀行溜池支店の営業マンに強く抗議しました。すると、融資しますと回答。バカな営業マンとその上司です。当時15年程度の付き合いがあり、銀行に何ら迷惑をかけたことがなく、零細企業ながら、20年近い事業実績がありましたが。様々な状況を評価判断し、顧客を支援するのが銀行の役割です。

2005年頃、母の介護の都合で、郊外にある母の住まいを処分し、都心にマンションを買う計画を立てました。マンション購入の現金をすぐ用意できません。80歳の母では融資を受けることができません。母の住まいを処分するまでの間、資金需要が生じます。私が三菱銀行六本木支店(三和銀行と合併)を訪問、融資の相談をしました。女性行員、曰く、「年収の5倍までです。」驚きました、そのようなこと、子供でも発言できます。融資の目的、期間、それから最も大切な20年にわたる銀行との取引実績など総合的に評価すべきでした。年収の5倍までと発言するなら私でも銀行の融資担当を勤まります。融資担当の銀行員のオツムのレベルはこの程度かと思い知らされました。

時々、海外へ少額ながら(数万円程度)学会や出版社の支払いなどあり、三菱東京UFJ銀行六本木支店に送金の依頼に行きます。その時なぜかカウンターの女性行員は私の預金通帳を見せろと言います。理由が分りません。送金に必要な現金は手元に持っているのにです。通帳を丸々見せろというのは私のプライバシーを晒すことになります。思わず、カウンターの女性行員に「あなた私の前で裸になれますか?」と言いたくなりました。この女性行員もオツムがどうかしているのではと思います。

時々、国際会議で海外に行きます。三菱東京UFJ六本木支店の外為でドル、ユーロの交換に行きます。せいぜい、数万円程度の交換ですが、氏名、住所、電話番号など記入させられます。欧米へ出張の際、外貨交換で氏名、住所、電話番号を記入させられたことは20歳から現在までありません。観光立国など標榜しながら、日本の外為は50年前と同じ事務手続きをしています。銀行の外為のスタッフのオツムがおかしいと思います。

最近大手銀行で数千人のリストラを計画していると報道がありました。さもありなん、こんな程度の銀行員なら不要と思います。知的作業をしないし、できません、まともに融資の審査ができません。冒頭書きました三井銀行も太陽神戸銀行も埼玉銀行も、三和銀行も、今や姿を消しました。私の体験で、実質、資金的援助をタイムリーにいただいたのは国民金融公庫でした。

星野仙一氏、野村サッチー女史の死亡後の記事

星野仙一元監督、野村元監督夫人の野村サッチー女史が亡くなり、多くの報道がありました。お二人とも様々な社会的事件を起こしながら、なぜか、マスコミや世間から大きな制裁、批判を受けることがありませんでした。お二人の仁徳か、ユニークなキャラクターなのか、はたまた、記者たちとうまくやって黙らせていたのか?分りません。

もし、私が指導者として部下を出血するほどぶんなぐれば、今の時代、マスコミから叩かれ、警察も傷害罪容疑で取り調べると思います。また、サッチーが叩かれたような行動を私がすれば社会から相当な批判を受けると思います。

私は、真面目に仕事に取り組んできた、という自負がありますが、なぜか、逆にたたかれる傾向にありました。たたきやすい相手と思われたのでしょう。星野氏や野村女史に対する社会の対応をみていると、一方で、マスコミや警察、社会のいい加減さも感じます。

トランプ大統領の鉄鋼、アルミ製品の輸入品に課徴金、アメリカ建築家協会の反応

アメリカ建築家協会(AIA)の「ARCHITECT」をインターネットで毎月読んでいます。3月7日号に、トランプ大統領令の「鉄鋼製品(25%)とアルミ製製品(10%)に課徴金をかける」という発表は衝撃的にアメリカと関係する国々で発表され、大統領令の問題が指摘されました。建築家協会は建築家全体の利益の観点から大統領令に問題提起しました。

AIAの見解は、鉄鋼とアルミの製品価格の上昇となり、建築家と建設業界に問題が生じると指摘しました。主要製品の値上げとなり、建築費用の上昇となり、結果として建設業の売り上げが衰退し、経済に悪い影響を与えるということです。

AIAの見解のとおりと思います。専門家団体が専門家団体の利益のため、大統領に問題指摘をすることは適切と思います。日本でも、建築家、建設労働者などの利益のため、建築学会、建築士会は積極的に政府や議会に問題提起をすべきです。

 

全米、治安上危険自治体トップ100、

ビルダー(建設業)というアメリカの専門業界紙をインターネットで定期購読しています。有益な情報を得ることができます。アメリカはランキングが好きな文化があります。3月6日号で、全米で治安状態が危険なトップ100の自治体ランキングが紹介されました。最も危険な自治体はルイジアナ州モンロー市、2位アラバマ州ベッセマー市、3位イリノイ州東セントルイス市と続きます。有名な自治体で、デトロイト市、セントルイス市、バルティモア市などがワースト100に入っています。また、ワースト100の自治体が多い州はミシガン州、フロリダ州、カリフォルニア州などです。都市を選択する際の参考にしてくださいと記事に書かれています。何でもランキングする文化のアメリカだから、また、何でも率直に語り合う文化の国だからこうしたランキングが公表され、同時に、受け入れられます。一方で、年寄りに住みやすい都市ランキング、若いカップルに住みやすい都市ランキングなど作成され、公表されています。

日本でしたら、該当する自治体の首長、関係者、あるいは、不動産業者や市民が不動産価値が下がるからランキング付けを止めてくれ、はたまた、失礼だと抗議するかもしれません。

日本学術会議で設計者選定のため会計法の改正について議論。難しいと思います。

元建築学会長、元建築家協会長の仙田満さんが昨年、日本学術会議で、設計者選定のために自由度を確保するため、指名競争入札を定めている会計法を改正すべきという問題提起をしました。

私は仙田さんに「会計法」改正は不可能とお伝えしました。法律を改正するということは大変は手続きが必要です。多くの議員の賛成がなければ不可能です。

私は港区長時代、区長の権限で設計者選定を金額の多寡で決める競争入札でなく「プロポーザル方式」(A-3の用紙1枚に提案を書く)を採用しました。そのプロジェクトに最もふさわしい建築家、コンサルタントを選ぶことが発注者にとり、ひいては区民にとり、重要なことです。また、巷間言われるような談合防止対策にもなります。

首長、施設課長(営繕課長)等の権限、指導力でできることです。具体的に実績を積み上げればよいことです。そのように仙田さんにお伝えしました。学者や専門家たちに政治事情を理解してもらうのに難しさを感じました。政治事情をもっと勉強いただきたい。また、海外の事情をもっと勉強し、日本でも海外の専門家の選定方式を採用するよう活動すべきです。オランダのハーグ市庁舎はアメリカ人のリチャード・マイヤー、ラトビアの首都のリガ市庁舎はイギリス人建築家、ヘルシンキ市の美術館はアメリカ人スティーブン・ホール、パリのルーブル美術館の入り口はアメリカ人、…これが国際標準です。

武井港区長の公職、外国人登録事務協議会全国連合会長、原田が授けた公職

武井港区長のプロフィールで法務省所管の「外国人登録事務協議会全国連合会会長」と最初に記載があります。国が絡む組織の長ですから、武井さんはアッピールしたいと思っているのでしょう。武井さんは外国に関する諸事には素人です。私がたまたま外国暮らしが長く、実際外国の地で、外国人登録を自ら行った経験がありますから、多少はお役にたてるのではという気持ちでお手伝いさせていただきました。武井さんはかかる問題は全く知識も意識もありませんが、武井さんへの置き土産としました。武井さんが外国人問題についてお勉強をし、スムースにお役を果たされることを祈っております。

元厚生労働省次官、村木厚子さんのインタビュー連載、敬意と怒り、

厚生労働省局長だった時冤罪で逮捕され、その後、事務次官に就任した村木厚子さんのインタビュー連載記事が読売新聞「時代の証言者」に28回にわたり掲載され、読みました。まずは、検察に対する怒りを覚え、さらに、村木さんの精神力の強さ、すがすがしさに敬意を払いたいという気持ちでした。

数年前、村木さん局長時代、事件でないのに、極悪非道なばか検事(大阪地検特捜部)が創作で事件をでっち上げ、村木さんを逮捕、起訴した事件がありました。裁判の前、開示された証拠書類を村木さん自ら調べ、証拠書類に偽造があることを自ら見附、検事のでっち上げということが判明しました。

反社会勢力が犯罪を犯しても、彼らだからしょーがないという気持ちにもなります。特捜部の検事が、事件でないものを勝手に事件に作り上げ、何ら落ち度のない方を逮捕、起訴、長期間拘留したことには怒りを覚えました。極悪非道な元検事は今どうしているのでしょうか。また、当時の大阪地検の責任者、特捜部の責任者、高検の検事長、検察庁の検事総長たちはどのように責任を取ったのか、不明です。本来、上司は辞表を出し、村木さんに土下座し、退職金を全て村木さんにお渡しし、しばらく仏門にでも入るべきでした。当時の検事総長、大阪地検の検事長、特徴部長など、いわゆるヤメ検として、大手企業などの顧問弁護士として高給を受け取りのうのうと暮らしているのでしょう。反社会勢力を中止することも大切ですが、こうした極悪非道な検事たちを社会、マスコミ、国会等が監視すべきでしょう。

もう一点、敬意を表したいのは村木さんの冷静な態度です。あれだけ屈辱的な扱いを受けたのに、その後、現在も冷静に社会で対応されていることです。私には想像できない、芯の強さをお持ちの方と拝察します。私なら怒りまくってしまうでしょう。

村木さん事件を知ると、検察の発表をうのみにできない、正義の番人と思っていましたが、でたらめな輩も多い、気を付けなければという気持ちになりました。(させられました)検察庁の最高幹部含め、関係検事たちが公式に謝罪をしたのか記憶がありません。