ニューヨーク市の犯罪減少、一方、ロンドン市は急増

2018年6月1日ニューヨークタイムズに、ロンドン市の殺人件数が急増しているとあります。前年比44%の増加です。30年前1988年ロンドンを訪問し、友人のO氏(当時イギリスの軍事大学に研修留学中)に案内いただいた際、ロンドンにはアメリカと異なりスラムのような地区はなく、安全な都市であると説明を聞きました。ニューヨーク市は1990年の2245人をピークに最近は殺人事件がない日もあります。「激減」しました。一方ロンドンでは急増。

治安問題の安定化は時間を要します。私が仕事する港区の六本木地区も犯罪が増加しています。犯罪を起こさない環境整備が必要です。行政や警察の真摯な取り組みが必要です。

柴田徳衛先生の訃報、ご指導いただき大変お世話になりました。

先日新聞の訃報欄に柴田徳衛先生の訃報記事がありました。94歳、ご長寿の方でした。31歳の時の小論のご指導から始まり港区長時代まで様々ご指導、お心遣いをいただいた方です。感謝でいっぱいです。柴田先生は元都立大学敬勢学部教授、都市問題の大家です。その後美濃部都政の時、都庁の企画調整局長に就任、その後、東京経済大学教授として都市経済を長年担当された斯界の大家です。

1980年アメリカのコミュニティカレッジについて小論をどこかの専門誌に寄稿したいと思っていたら都庁の課長だった柴田先生の教え子の一ノ倉さんから「柴田先生をご紹介してあげる」とのことで、ご紹介をいただき、小論についてコメントいただき、ぎょうせい(出版)の「地方自治」に掲載することになりました。気さくな明るい方でした。

その後、毎月1回(定例で第3木曜日の夜)杉並の自宅で勉強会を開催しているのでよろしかったらご参加くださいとお誘いをいただきました。毎回話題を提供する方のお話が興味深く、都合が付くときは参加させていただきました。また、自らも話題提供することがありました。

アメリカから著名な研究者が東京研究で来日し、柴田先生がホストでお世話する際に私にもお誘いの連絡があり、ご紹介をいただきました。1988年には「世界都市東京」(発注は日本政府のシンクタンクの総合研究開発機構)をまとめたニューヨーク行政研究所(その後ニューヨーク大学教授)デイヴィッド・マメン氏を紹介いただきました。1988年私はニューヨークを訪問、マメン氏にお世話になりました。94年ニューヨークを訪問、柴田先生とニューヨークで合流、ご一緒させていただき、有名なスラムのサウスブロンクスなど視察しました。

柴田先生の教え子には都庁や市役所などの公務員になった方が多く、柴田ゼミで多くの公務員と出会いました。その後、港区長に就任した際、大変助けていただきました。

港区長に就任した際、港区内のローカルな中華屋さんで数人の教え子と一緒にお祝いの席を用意いただきました。また、退任後、ご苦労さん会もご用意いただきました。経済学と建築ということで分野は全く異なりますが、私が博士号を取得した際にも柴田先生がお祝いの席を設けてくださいました。心遣いをたくさんいただきました。それぞれ唯一の会でした。

地方政治、ニューヨークの大都市問題など柴田先生から多くを学ばせていただきました。ニューヨークの話は柴田先生の受け売りです。柴田先生はいつもニコニコ、心が和む先生でした。ありがとうとうございました。合掌

 

 

アメリカで初めて言えたジョーク

1969年早稲田大学の交換留学生としてオハイオ州のThe College of Wooster(人口2万人の市、クリーブランドから南へ100キロ)で学びました。英語での授業、英語での会話に大変苦労したこと今でも覚えています。キャンパスから町の中心まで徒歩15分。友人から教えてもらったコップに直接入れお湯を沸かす小型電気ヒーターを買いたい思い、商店街をぶらぶら歩きしました。ある店に立ち寄り、店番をしていた中年の女性に「コップに入れお湯を沸かす小型の電気ヒーターがないか」と尋ねたところ「ない、ウェアハウス(倉庫状の日用雑貨店)ならあるのでは」との説明。私は思わず「ウェア?(どこにその店がありますか)」と聞き返しました。そしたらその女性が大笑い。「ウェア」に「ウェア」を掛けました。意図的ではなく偶然発した言葉です。アメリカではじめて使ったジョークでした。なぜか、このジョークは今でも思い出します。

1971年、フィンランド、ユヴァスキュラ警察署見学、留置場まで見学

1971年7月スウェーデンに留学した際、夏季休暇を利用し隣国のフィンランドに渡り大好きなアルヴァー・アアルトの建築を見て歩きました。ユヴァスキュラ市に到着、アアルトがデザインしたユヴァスキュラ大学のデザイン、キャンパスプランニングを見学しました。タイルの使い方、天井のデザイン、屋根を支える木造のトラス工法、照明デザイン、クール・温かいインテリアの色使いなど感激しました。さらにアアルトがデザインしたユヴァスキュラ警察署を訪問しました。デザインはユヴァスキュラ大学含めたアアルトのデザインそのもの。入り口に入り、受付で「日本から来た建築の学生ですが見学させていただきたい」と英語で挨拶。たまたま夜勤明けの警察官が「どうぞ」と快く即OK。(上司に了解得なくてよいのかなと不安に思いましたが)かつ、その警察官が中を案内してくれることになりました。地下室にある留置場も案内してくれました。アアルトの得意な白のインテリアでした。酔っ払いが1人留置場の床で寝ていました。後の留置室は空っぽ。その程度の安全なフィンランドの町と思いました。このような素敵なインテリアなら私も一泊ぐらいさせていただいてもよいかと思いました。今日のようなテロの不安な時代は見学は難しいと思います。しかし、フィンランド警察官の弾力的な判断、親切に感謝です。

 

アジア安保会議、マティス米国防長官の背後に2人の女性、CNN

CNNニュースを毎日1時間視聴しています。英語に親しみ続けること、日本のジャーナリズムと異なる視点での報道を学びたいという理由です。

シンガポールで「アジア安全保障会議」が開催、その報道が繰り返しされています。マティス米国防長官のインタビューの際、背後に2人の若い女性が控えています。長官の右腕側には制服の女性将校、長官の左腕側にはスーツ姿の女性。国防省の広報担当官なのでしょう。記者会見の様子を見て、アメリカにおける女性の社会参画の様子が分ります。

マティス長官は中国によるスプラトリー諸島の軍事化に関し中国を批判、かつて習近平主席がスプラトリー諸島を軍事化しないと発言したことに反すると批判しました。経済大国になりそれにふさわしい大人の振る舞いが期待されます。

長野冬季オリンピックの聖火台(菊竹清文氏デザイン)、IOCミュージアムに永久設置

先日、環境・情報彫刻家菊竹清文氏と会い、お話を伺いました。1998年氏がデザインした長野オリンピックの聖火台がスイスのローザンヌのIOC(国際オリンピック委員会)の博物館に永久保存されることになったそうです。素晴しいお話です。本来、長野かあるいは東京オリンピック大会を前に東京に永久保存してくれるとよかったのではと感じました。

さすが、IOCの決定、IOC博物館の考え方、遺産の保全方法が日本人の発想と異なる、あるいは、芸術文化遺産に対する考え方が異なると思いました。

ローザンヌを訪問する機会がありましたら、是非、IOCオリンピックミュージアムにお立ち寄りください。

 

トイレ、各国の違い、ブルガリアとイタリア

5月中旬、トルコのイスタンブール経由(空港はハブ空港で24時間営業、ターミナル内は大型ショッピングセンター)でブルガリアのソフィア、イタリアのローマを訪問しました。ブルガリアは1994年来訪問。メインの会場はソフィア工科大学です。トイレ(男性しかわかりませんが)は日本の旧来型和式の便器。しゃがんでするタイプです。大学で、予算もないのでしょう。改善もなく、ずーっと同じトイレです。和式トイレと異なり、反対向きにしゃがむようです。他人の用足し中を見たことがありませんので正確には分りません。ソフィアであてがわれたホテルは4つ星、COOPという名前のホテルです。以前は労働者の集会所か何かだったと思いますが、コンバージョンし、会議場を持つホテルとなったようです。部屋に入り、用足しをしようとバスルームに入り、便器を見ました。陶器製の便器の縁部分の奥に、直径10mm位の金属がついており、それこそ、隠しカメラのレンズの様。10㎝位離れたところの壁に10㎝位の棒がついています。最初は何か分りませんでしたが、棒をひっぱたらその金属の穴から清浄用の水が勢いよく吹き出しました。一部体に当たり、濡れてしまいました。ノズルが自動的に出てくる日本のシャワートイレとは異なる形式のシャワートイレであると悟りました。メーカー名を調べ忘れました。

イタリアは他のヨーロッパの国と同じでしょう。用便器の隣に、ビデが設置され、女性が必要に応じて利用するのでしょう。

イスタンブール、ソフィア、ローマの空港内のトイレは位置と数が十分に設置されていると思いました。特にローマ空港内のトイレは、木の仕上げとインテリア緑化をし清潔感あふれ木の香りがする良いデザインでした。

日本のシャワートイレが世界で技術的に最も進んでいると思います。

文春文庫「収容所から来た遺言」、心に突き刺さる人生教訓

区長時代愛読書3冊挙げて欲しいとの要請で、①か・かた・かたち(建築家、菊竹清訓著)、②竜馬が行く(司馬遼太郎著)、③収容所から来た遺言(辺見じゅん)の3冊を挙げました。子供に収容所から来た遺言を貸し、たまたまテーブルの上に置いてあったので、改めてページをめくりました。太平洋戦争後シベリアの収容所に12年抑留され、現地で死亡。仲間が手分けし、主人公の遺言を記憶し、生き延びた仲間が日本に帰国後、順次未亡人に遺言を口伝で届けたという実話です。ソ連は文書を持ち出すことを禁止していました。(そうした体制はご免です。ソ連共産主義の実態をマスコミはあまり報道しません。)ですから仲間数人が手分けし、記憶し、日本に帰国後ばらばらと未亡人に言葉で伝えました。

共感すること、自分の人生観に合致する内容が書かれています。

1 日本民族として生まれたことを感謝。日本民族こそ将来東洋と西洋の文化を融合する唯一の媒介者。

2 最後に勝つのは同義。誠。まごころ。

3 人の世話にはつとめてならず、人の世話は進んでせよ。(むいみな虚栄はよせ)

4 自分の才能にうぬぼれてならない。学と心理の道において徹頭徹尾敬虔であれ。立身出世などどうでもよい。自から磨けば博士や大臣が向こうからやってくることは必定だ。要は自己完成。

政治家、経営者などに聞かせたい言葉です。

ローマの市電風景、突然の検札

ローマ滞在中、大使夫人のご案内で市電に乗車。19番。のんびり走る市電から見る風景が楽しいです。ある停留所で突然5,6人の集団の検札係が乗車。一斉に乗車券を持っているか検札です。ローマのバス、市電は乗車券を運転手が売るのでなく、街中のキオスクで乗車券を購入します。イタリア語を解しませんから十分理解したわけでありませんが、検札係(女性が1人)が身に着けているジャンパーにPOLISIと書かれていましたので、警察的権限を持った検札係と思いました。私はきちんと乗車券(大使夫人が購入したものですが)を持っていますので問題ありませんが、一部に持っていない乗客は免許書等提示を求められています。恐らく後日罰金(10倍程度と聞きました)の請求が届くのでしょう。国、地域により秩序維持の方法が異なります。市電は市営です。

ちなみに地下鉄の営業時間を大使夫人に聞きましたら、深夜12時くらいまで、早朝は5時くらいからです。ただし、土曜日は外食などの客のため、深夜1時過ぎまで運行しているとのことです。東京などで参考にすべきです。

トルコ政府、海外に対し熱心に投資のPR、機内誌で

ブルガリアのソフィアでの国際会議出席のため、東京、イスタンブール、ソフィアというルートでトルコ航空を利用しました。イスタンブールでの乗り継ぎも便利、また、イスタンブールは24時間空港、空港内はショッピングセンター(24時間の営業、成田空港が夜8時で免税ショップが閉店しシャッター街になるのとは正反対)で賑いがあり、買い物も楽しめます。(女性の観点から24時間女性が仕事をしています。また、雇用の観点から、24時間ということは3倍の雇用数があると言えます)

トルコ航空に乗り、座席の前にある機内誌など見てたら驚き。トルコ政府のPRの小冊子がありました。「グローバルビジネスのためあなたもトルコ政府に投資してください」という内容です。日本政府も世界で大使館などが日本への投資セミナーを開催したりしていると思います。しかし、飛行機の中でPRしているのはトルコ政府の熱心さを感じます。日本政府も見習うべきです。

その内容はG20の中で、GDP成長率の比較図が掲載され、なんと、トルコが7.4%でトップです。ちなみに日本は1.7%、アメリカ2.3%、ドイツ2.2%EU全体が2.4%、韓国3.1%、インドネシア5.1%、インド6.4%、中国6.9%です。データはさまざまな視点から分析する必要がありますが、重要な指標でみる限りなるほどと感じさせられます。2年前クーデター騒ぎがありました。また、空港での乱射事件がありました。トルコに対するイメージが低下している中、機内誌として多くの方に良い方のトルコの現実を知ってもらおうというPR作戦の一環と思いました。小冊子(A-4サイズ二つ折り)のデザインもすばらしいです。トルコのイメージカラーの「赤」。目立ちます。統計の図がきれいに見やすくレイアウトされています。コンパクトに編集されています。トルコの熱意を感じました。