日別アーカイブ: 2020年5月24日

甲子園中止・音楽コンクール中止・高校総体中止。青春時代に燃焼する目標。理解できない元港区長S氏や幹部。

コロナウィルス蔓延で甲子園大会が中止となりました。ニュースで野球球児達が高校で監督や指導教員から中止決定の報告を聞き多くが悔し涙を流している映像を見ました。その他、高校総体、音楽コンクールなど軒並み中止です。高校生にとり青春時代のひと時を大きな目標に向かい全力をかけていたことですから、本当に悔しいことと拝察し、気の毒に思います。世の中、人生、こうしたこともあると大きな勉強ととらえ、前向きに次の目標に向かい努力を続けてほしいと祈っております。私事ですが、1967年、早稲田大学入学後、「将来学問の拠点であるアメリカに留学し世界のトップの指導者の下で勉強しよう。」と目標を立てました。

大学1年生から英会話の勉強を始めました。当時は日米の経済格差からすれば(日本の大卒の初任給2万円台、アメリカは18万円、飛行機代はロサンジェルス往復で25万円くらい、授業料は早稲田大学11万円に比べアメリカの大学は100万円くらい)奨学金をもらわなければ留学できません。アメリカ政府が主宰する「フルブライト奨学金」という制度があることを知りました。また技術研修留学で「IAESTE」という制度があることを知りました。1年生、2年生の時の一般教養で語学はほぼ満点でした。脇目も振らず語学と建築の専門の勉強に専念しました。黒川東京高検検事長は麻雀狂いだったようですが、私は麻雀など一切しませんでした。

建築学科の指導教官穂積教授からフルブライト留学の前に「お試し留学」ということで早稲田大学の交換留学に挑戦したらとご助言をいただき、3年生の時、早稲田の姉妹校の一つ、オハイオ州のウースター大学に1年間交換留学をしました。4年生の時、技術研修留学IAESTEでスウェーデンのデザイン事務所に技術研修留学しカール・クリスティアンソン氏から新しい、日本にないデザインの概念を学びました。氏は後年スウェーデンのインテリア建築家協会長に就任した大物です。必死に勉強しました。与えられた学校の課題は大変厳しかったですが、教授や友人たちの協力もありなんとか成果を出すことができました。

2度の留学を実績(その他、建築学会にいくつか論文を寄稿、建築学会から2度設計競技でデザイン賞を受賞)に本丸のフルブライト留学試験に挑戦、幸い合格し、1974年念願かないヒューストンにあるライス大学大学院に留学しました。指導教官は後年ハーヴァード大学の大学院長に就任するピーター・ロウ、修士号審査教授は後年MITの大学院長に就任するアデール・サントス女史。穂積教授の的確なご助言、両親からの支援で私の青春時代の大きな目標を達成することができました。

2000年選挙の1か月前突然当時のS区長から懇願され、2001年大学教授に内定していましたが教授ポストを辞退し、区長選に出馬、当選、区長に就任しました。私のセールスポイントは3度の海外留学で、挑戦心をもっていること、最先端の学問知識を持っていることと訴えました。「建築事務所の社長をやっていました」では区民も区役所職員も区長として大丈夫かしらと不安に思うでしょう。しばらくし、S元区長から「海外留学の話をするな!」とお説教がありました。後年、港区役所のN政策経営部長から「フルブライト留学の話をするな!」とお説教がありました。人生目標は様々です。某幹部達からS区長は学歴コンプレックスがあると聞きました。S区長は中卒で港区役所に入庁(夜間高校、夜間大学卒)で立身出世の方、港区のことを知り尽くしている方です。立派なご経歴と思います。私は私。私の青春時代の目標について否定したり、お説教するのは筋違いです。S元区長もN部長も「デモシカ」公務員で青春時代大きな夢、目標を持たず、公務員を続けてきた方とお見受けしました。港区は武井区長が、また、公式にも「異文化理解」を標榜しています。実態は区長は異文化を理解できず、口で甘くささやいているだけでしょう。様々ある人生を、また、青春時代の目標を否定するなどの行為は許されないこと、人権侵害です。

黒川東京高検検事長、検察、警察は取調べしないのか?

黒川東京高検検事長は辞表を出して終わり。社会全体のバランスからどうか?考えてしまいます。一般人が麻雀でも賭けたことが露見したら強制捜査があります。かつてそうした事件報道の新聞記事を覚えております。大した金額でないからとか、あるいは、検事長だから政治的に見逃すのでなく、検事長だからこそ、徹底し、捜査をすべきでしょう。国民に示しがつきません。

30年以上前のことですが、私の地元にある麻布中高校の文化祭の前の晩、麻布高校生が近所の電信柱に文化祭のポスターを貼っていたところ警察官から職務質問の上、麻布署へ逮捕、連行されました。2,3年前、高井戸署で中学生が窃盗の容疑かなにかで自宅から連行され高井戸署のバカ警官から「素直に白状しないと高校に行けなくしてやるぞ」と脅迫し、自白を迫りました。(中学生が録音していました。録音が放送されました。)当時の麻布署の警察官や幹部はどのような判断だったのでしょうか?また、高井戸署の警官や幹部はどのような判断だったのでしょうか。相手が中学生だから、高校生だから、威張り散らし、怒鳴りまくり、人権無視し、強制的な態度に出たと思います。一言注意すればよいことでしょう。六本木は客引きが多くいますが、麻布署の警察官は客引きの前を素通りです。本来注意の声掛けくらいはすべきでしょう。私は客引きから声かけられると、注意しています。麻布署の警官より、港区役所職員よりよっぽど社会貢献しています。

今回黒川前検事長の場合、賭博行為は明らかですから担当地域の警察官が法と証拠に照らし黒川を呼びつけ「お前を検事総長にできなくしてやるぞ、白状しろ」と強制的な捜査をしないのはなぜか、素朴に考えてしまいます。

資料整理、新たな発見も

4月後半から外出自粛要請で直接の面会の仕事が少なくなり、この際ということで資料整理しています。私は3度の留学で得た授業の教科書、資料、留学中のインターンで体験した際の報告書や図面など大切に保管しています。40年間の業務の資料も保管しています。その他、専門書、一般教養書など多く保管しています。海外の雑誌、新聞記事なども保管しています。出張の際収集したパンフレットなども保管しています。個人としては膨大な量です。なかなか整理する機会がありません。今回少し時間の余裕ができ整理をしました。懐かしい資料などを見つけ、逆に整理活動がストップ。本来の資料整理に加え、そろそろ終活目的で大胆に資料整理をしなければなりません。

押印か?署名か?

新型コロナウィルス蔓延でテレワーク、在宅勤務が拡大し、日本の押印の習慣から「電子印」が期待されています。日本では何でも「ハンコ」。欧米は「署名」です。

友人から聞いた話。某役所の幹部だった方。出勤表に毎日押印しなければならないが、面倒だから部下にハンコを渡し押してもらっていたそうです。別の友人の話。建設省から地方の県の建築課長に出向した際、部下から「課長、席にいなくても結構ですが、ハンコだけは机に置いておいてください。」と言われたそうです。本人の書類確認でなく、形式的に押印がしてあればよいということです。欧米はすべて署名です。つまり本人が書類を確認し、本人が署名します。署名は本人以外できませんから正確です。

私の港区長時代の体験。2度海外出張しました。中国とフランスです。その際、職務代理を立て、押印します。と言っても住民票、戸籍謄本、印鑑証明など実際の押印でなく区長印は印刷されています。区長自ら押印していません。当時、既に、ファックス、メールなど情報技術が発達し、区長が海外にいても、決裁の書類が送付されれば、内容を確認し、了解し、押印してよい、と伝えればよいだけで、区長職務代理を立てる必要はないと感じていました。住民票などは区長印が印刷されていますから、建前上、私が押印した書類をメールがファックスで送付すればよいだけです。一方、地方出張の場合は特に職務代理を立てずに業務をしていました。海外だから職務代理を立てるという考えはおかしいと思いました。日本全体の制度上の事柄ですので、黙って従いました。

また、決裁書類も、担当幹部が区長室で区長に説明し、了解得られたら秘書が押印する仕組みでした。今思い返すと、自らきちんと押印すればよかったと思います。何でも押印でなく、「電子証明書」「署名」での書類作成が必要な時代になりました。