ピアニスト田崎悦子さんの演奏とお話し

9月15日、港区南麻布にある個人の小ホール(5~60人程度)で田崎悦子さんの演奏会が開催されました。私の住まいのすぐそばです。こうしたホールがあることを知りませんでした。田崎悦子さんは、フルブライト交換留学同窓会の先輩であり、桐朋高校の先輩です。(私は男子部普通科卒)同窓会の先輩としてご指導いただいております。小さなホールでの演奏会ということで細かい表情、動きを見ることができました。また、通常の演奏会ではありえない語りを聞くことががらできました。

田崎さんは60年代初頭、桐朋高校音楽科を卒業しフルブライト奨学金をいただきニューヨークのジュリアード音楽院に留学しました。挑戦心豊かな前向きな方です。(こうした挑戦者がいることをフルブライト留学を毛嫌いした港区の元区長S氏や元部長N氏に知ってもらいたい)田崎さんの体験談。ジュリアードで楽譜に正確に演奏することを教わったそうです。また、夏休み地方の街で世界的巨匠と若手が合宿し、水平組織で自由に議論し合い、演奏の勉強ができたことが良かったと語っていました。こうした教育方法は日本の学術界では一般的にありません。

建築界では私の恩師、菊竹清訓氏が主要メンバーだった国際建築アカデミー(本部ブルガリア)が支援し「次世代建築家国際フォーラム」がほぼ毎年世界のどこかの都市で開催され、40歳以下の若手建築家が世界の巨匠建築家の下で合宿しながら自由討議し与えられた建築課題に挑戦するというプログラムがあります。私はその事務局長を務めました。)

面白いエピソードを聞きました。当時は東西冷戦時代。リストにあこがれ共産党政権下のハンガリーを訪問、リストの足跡を調べました。ハンガリーの秘密警察からアメリカから来た怪しげな日本人ということで監視され、一方、ハンガリーのアメリカ大使館員からもアメリカから来た怪しげな日本人女性(東側の諜報員とコンタクトするのでは)と疑われ監視されたそうです。また、ハンガリーの音楽家などと会話する際、当局から盗聴される恐れや家族、友人からの密告を恐れ「小声」で話したそうです。好き勝手に会話する私なら一発で拘留されそうです。そういう監視社会はご免こうむります。

田崎さんはリストを2曲演奏しました。一つは「ペトラルカのソネットNo123」男女の愛の曲。もう一つは「ハンガリア狂詩曲第8番」もの悲しいジプシーの歌と独特なハンガリー民族のリズムの曲です。

田崎さんのピアノ演奏と語りを楽しみました。

場所は南麻布セントレ・ホールです。時々、昼あるいは夜の演奏会を開催しているようです。1階はワインレストランです。

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